序幕〜鬼神と魔王〜其ノ伍
焼け落ちつつある本能寺。
その殿内に、信長と護鬼の少女、遮那は立っている。
「・・・解った、そなたの言うことを信じよう。しかし・・・これからどうする
つもりだ。助けに来てくれたこと自体は嬉しく思う。しかし、既に境内は全て炎
に包まれ、例え炎を突破したとしても、先には光秀めの軍勢が居るであろう。儂
は炎から逃れるために、殿内に来たのだと思ったが・・・何かここで脱出の経路
があるのか?」
「大丈夫です。私がここにどうやって来たのだと思うのですか?普通に歩いてき
ても、あの軍勢の中を通ってはこれないでしょう」
「では、どうやって・・・」
その言葉に、遮那は微笑み、信長を後ろに下がらせた。
「こうやって、です。」
遮那は、また鉄扇で右回りに弧を描き、詠える。
「移送方転・路開。遮那の名の元に、我が躰を鬼道聖域への行路へと転じさせ賜う。玄に参佰転。朱に伍拾転。急々如律令」
結句が唱えられ、遮那の足下には幾何学的な文様が数多浮き上がり、たちまちその姿は光に包まれていく。
光の陣の中で、遮那はスッと信長に手を差し出す。
「・・・あなたが、今のあなた・・・人としての織田信長を捨てるのであれば、この手をお掴みください」
「儂・・・儂は既に死んでいるはずの身。信長は、信長を捨てよう。しかし、しかしだ・・・」
信長は、言葉尻を濁し手をきつく握りしめる。
「ここで、儂の尊厳ある死を迎えるために、時を稼いでくれた者達、蘭丸達の死はどうなるのだ。・・・儂だけがこうして生きてしまうのは、あやつらに対しての冒涜ではないのか?」
「・・・そう、思うのなら、遮那はこのまま一人で去りましょう。・・・でも、彼ら死んでいった者達はきっと貴方が死するより、強く、生き抜くことを望んでいらっしゃったと私は思います」
「そう、思うか」
「はい」
信長は、腰に履く太刀を抜き、自らの髷を切り落とす。
「今宵、人、侍の織田上総介信長は死した」
そう言い放ち、遮那の手を堅く握りしめる。
「そして、今宵。我は、新たに鬼のノブナガとして生きる」
「はい・・・。貴方様は・・・鬼。真名『秦梢丸』を冠する、護鬼で御座います」
・・・・・・遂に、崩壊の時を迎えた本能寺。
柱が折れ、天井が崩れ落ちてくる。
轟音の中、二人の鬼の姿は眩い光の中に消え去った。