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仲直りして初戦闘

「あ、どうもはじめまして。天之川 悠太です。よろしく」


 大樹精霊(ドライアド)のブネに挨拶をされて同じように挨拶を返す悠太。だけど機嫌を悪くされないか内心ドキドキしていて、手は汗でびっしょりになってしまっている。

 なにしろ妖精達とは全く違う存在だということが見ただけでわかるのだ。さっきの妖精達は最初こそ驚いたものの、そこまでたいしたことができるような存在じゃないと感じた。もしかしたら僕でもなんとかなるかもと思ってしまうほどだ。

 だけど彼女は違う。妖精達のようになんとかなるとかそんなものじゃない。多分人間がどれだけ努力しようが彼女のような精霊の前では赤子と同じ扱いだろう。次元が違う、とはこういうことを言うのだろうか。下手な行動はやめたほうがいいだろう。

 

(それにしても…………ドライアド……か)


 ドライアド。僕の知っている知識ではニンフと呼ばれる女神の一種でドリアードとかドリュアスとか呼ばれていた気がする。その姿は樹木で出来ていて自分が宿っている樹木を傷つけた者に容赦なく罰するという。彼女もそうなのかもしれないが試す気にはならない。命がいくらあっても足らないだろう。

 あとブネという名前はソロモン王が使役した七十二柱の悪魔のうちの一体にそんな名前があったような気がする。精霊の名前が悪魔と同姓同名とはなんの因果なのだろうか。というよりそんな名前は名乗りたくないものである。


「悠太様、ですか。私の呼びかけに答えていただきありがとうございます」

「え、あの……さまってそんな」

「そうだよ母様! こんなニンゲンより母様のほうが偉いんだから!」

「エィって本当僕に厳しいな」

「お前の扱いはこんなんでいいんだ!」

「およしなさい。エィ」

「か、母様……」


 母親にたしなめられてシュンと落ち込んでしまったエィ。悠太の方を振り向き何か言いたそうな顔をしたがすぐに顔を背けて仲間の妖精達のほうへ飛んでいった。


「すみません。エィが失礼な事を」

「え? ああ、気にしてませんから」


 実際は気にしていないわけじゃない。だけどそんなことよりもエィが落ち込んでしまったことの方が気になってしまう。なんだか悪いことをした気分だ。あとで声をかけといたほうがいいのかもしれない。だけどそんなことよりも今は大事なことがある。


「あの、すみませんが。何故僕をここに呼んだのですか?」


 悠太は一番気になっていた事を訪ねた。精霊が何でこの世界に来たばかりの僕に用があるというのだろうか。何を頼もうというのだろうか。


「あなたに、ある魔物を退治してもらいたいのです」

「は?」


 悠太は彼女が言ったことを理解できずボケっとしていたが、だんだん理解すると血相を変えてアタフタと慌て出した。


「いやいやいや! 無理ですよ! 僕はただの高校生ですよ! 勝てるわけないじゃないですか! なんで僕がそんな危ないことをしなきゃならないんですか!?」

「それはあなたが選ばれし人だからです」

「選ばれし……人? それはどういう……?」


「見つけたわよ悠太!」


 その時僕達の隣から僕を呼ぶ声が聞こえた。僕はその声が誰かを知っている。この声はさっき出会ったばかりの女の子の声だ。


「エ、エリィ?」

「もう! こんな所で一体何をしてるのよ!? 探したじゃないの!」


 どうやらブネさんのことには気づいていないらしく怒った顔をして僕の方に近づいてくる。そういえば彼女のことをすっかり忘れてしまっていてちょっと気まずく感じた。


「本当、心配させないでよ。まったく……」

「あ、ホントにごめん…………? …………!?」

「ちょっとどうしたの?」


 エリィはまだ気づいていないみたいだが僕からはよく見えている。ブネさんの雰囲気が一気に変わったのだ。さっきまでの優しい雰囲気は既になく今の彼女は僕達に怖いくらいに敵意を露わにしていたのだ。 いや、僕達ではない。僕の前にいるエリィにたいして、だ。

 そんな様子に全く気がつかないエリィは僕を縛るツタを解く。


「ねぇ、何でまた縛られてるのよ? 一体何があったのよ?」

「そんなことよりエリィ、ちょっと」

「何? 今私達がここにいることが精霊に知られたら大変なのよ。だから早く……」

「いや、そんなことより後ろ……」

「後ろがなによ? ……………………」


 いったいなんだと後ろを振り向き絶句するエリィ。まぁ今出会いたくない存在の精霊が自分の後ろにいて、どう見ても怒っている様子だったら誰でもこうなるのだろう。


「な、なん……で、ここに……精霊が……?」

「招かれざる人よ」

「ひ!?」


 精霊がいた事に恐怖を抱くエリィ。顔がどんどん青くなっき、しゃべりも息も絶え絶えな状態だ。あせもタラリと頬を伝うのが見える。その恐怖する存在に話しかけられて驚きと恐怖のあまりなんだか情けない声をだしてそのままペタンと座ってしまった。彼女の足がカタカタと震えていることがわかる。なんでここまで怖がるのだろうか?


「なぜ、あなたのような存在がここにいるのですか? 私はあなたを招いた覚えはありません」

「あ……」

「人がこの森に入れるのは私が許した場所だけです。そのことを知らないとでも?」

「わ……私は……」

「それに……あなたから見える魔力。あなたは魔女ですね。しかしその魔力は我らとは相容れないもの……。」

「!?」

「我ら精霊はその力を認めない……。そのようなものはこの森から即刻立ち去りなさい」

「っ……」


 エリィは今にも泣きそうな顔をして、ただただブネさんをみていた。だがどこか悔しそうな表情にもみえた。どうやら彼女にとって絶対に触れて欲しくなかったものらしい。右手で左腕の刺青の所を抑えながらカタカタと震えていた。

 

「そうだー! 母様の言うとおりマジョはでてけー!」

「あの時のヒトだ。こ、怖いよ……」

「…………追い出す…………」


 周りの妖精達もエリィのことを良く思っていないらしく自分達の母の言葉と同じ行為をしていた。



 僕はそんな二人を見ていてふとある光景を思い出す。あの夏の日、仲良くなったあの子のこと。

 あの子は苛められっ子だった。いつものようにいっしょに遊ぼうと公園に行ったらあの子は年上の男の子達に周りを囲まれていじめを受けていた。いじめる方は彼女のことを気持ち悪いだの妖怪だのひどいことを言っていた気がする。 

 僕にはなぜ彼女がいじめられていたのか理解できなかった。けどそんな様子を見ていて僕は飛び出していって彼女を守るように立ちふさがっていた。

 自分も周りを囲まれてものすごく怖かった。でもあの時のあの子の目を見たとき、僕は彼女を守ることしか頭になかったのだ。

 結局僕もひどい目に会う前にお爺ちゃんが助けに来てくれていじめっ子を説教していった。どうやらたまたま買い物の途中で囲まれている僕を見つけたらしい。

 あの時僕は彼女に尋ねられた。なぜ助けてくれたのかと。確か僕は……


「友達だから……だったな」


 今のエリィはあの時とおんなじ目をしていた。あんなのを見たら僕はもうこう言うしかない。

 いや違う……。僕はこう言いたいんだ。


「ブネさん。エリィを泣かせないでください」


「ゆ、悠太……?」

「……悠太様、それはどういう……?」


 ブネさんとエリィの視線が僕に向けられる。ブネさんは厳しい目で僕を見据え、エリィは未だに不安と恐怖、そしてさっきの僕の言葉が信じられないのか少し唖然としていた。

 ああ、ブネさんの目が怖い。とてもじゃないがあんな目で見られたら普通は恐怖でたっていられない。初めて会ったあの時の感じよりもはるかに恐ろしい。これで生き延びたとしてもずっとトラウマになってしまいそうだ。

 だけども僕はブネさんの目を見る。僕はこのことに関して引く気は全くないのだから。


「彼女とはさっきあったばっかりです。でも彼女は水知らずの僕に良くしてくれました。その彼女が今そんな顔をされたらほっとけないんです」

「…………」


 ブネさんもエリィも僕の言葉にただ静かに耳を傾けている。僕はまだ続ける。


「それにさっきの頼みも僕ひとりでできるなんて思えない。僕にはなんの力もないんです。だけど彼女は少なくとも僕より力はあります」

「……つまり、彼女にも手伝わせろ、と?」

「はい」

「……それはできません。元々我らは人とは相容れない。その上彼女は反する力の持ち主。いかにあなたのお言葉であっても受け入れることはできません」

「……そうですか」


 僕はエリィを無理やり立たせる。エリィはいきなり立たされて驚いた顔をしていた。そんなエリィを僕は無視して言った。精霊達にとって……いやこの森にとって残酷な一言を。


「わかりました。なら僕達はこの森から出ていきます」 

「……え?」


 ブネさんはほうけた顔になった。僕が今なんて言ったのかを理解できなかったようだ。それはエリィも同じだったらしい。しかし理解し出すと大変驚いた表情に変わっていった。


「……つまり私達を見捨てる、ということですか?」

「…………はい」


 森に静寂がやってきた。さっきまで聞こえていた鳥の鳴き声や木々のさざめき、音という音が止まっていた。まるで時が止まったような感じだ。

 ブネさんはとても険しい顔をしていた。まさか見捨てられるなんて思っていなかっただろうが、普通に考えれば分かることだろう。そもそもなんの力もない僕が魔物退治なんかできない。誰だって断るだろう。自分の命の危険に晒せるほどの度胸も根性も僕は持ち合わせていないのだ。

 このまま静かな時間が続くかと思ったが不意に鳴き声に近い感じの大きな声が上がった。この声の主はエィだ。


「ふざけんな! 私達に死ねってことか!? ニンゲン!」


 エィの顔はクシャクシャになっていて涙を目に溜め込んでいた。ふと見ると他の妖精達も同じように涙を貯めている。なかにはすすり泣く者もいた。


「だからニンゲンは信用できないんだ! こんな奴さっさと出て行け!」

「やめなさい。エィ」

「なんでだよ母様!? こいつは私たちを見殺しにするっていっているんだよ!」

「…………」

「私達だけじゃないんだぞお前! この森の全てが死んじゃうんだぞ!」


 そう言ってエィは僕に掴みかかってきた。エィの小さな両手が僕の胸ぐらをつかむ。


「なんでだよ!? なんで私達を見捨てるんだよ!?」

「…………エィ。ダメなんだよ」

「何がダメなんだよ!?」

「……彼女は僕の友達だから」

「……え?」


 いきなり何を言っているのかわからない。エィがそんな顔になるが無視して僕は語る。


「僕にね、君達を守る力なんてこれっぽちも持ってないよ。それでも……君達を助けたいと思った。力になりたいと思ったんだ。君達も僕の友達になれると……思ったから」

「……じゃあ、なんでだよ?」

「彼女も僕の大切な友達なんだよ。この世界で初めて出来た友達なんだ。その子が君達に傷付けられた。僕はそれを見て君たちに喜んで力を貸します、なんて口が裂けても言いたくない」

「っ…………!」


 エィは悠太の気持ちを理解したのだろう。ハッとした表情になった。彼女もまた大変友達思いなのだ。だから自分も悠太と同じ立場だったらということを思うと言葉に詰まってしまった。

 エィは下にうつむいてそのまま手を悠太から離してブネさんの方へ飛んでいった。それを見て僕はブネさんに言う。


「ブネさん。エリィに謝ってください。そして彼女がここにいることを許してやってください!」


 僕はブネさんにエリィに謝るように頼み込んだ。だけど緊張のあまり、僕の声が裏返ってしまい恥ずかしさで顔が熱くなってしまっていた。多分僕の顔は真っ赤に染まっちゃっているだろう。手も汗でびっしょりになっている。


(しまらないなぁ、僕)


 そんな僕にブネさんは今までの厳しい顔からふっとさっきの優しい笑顔に戻っていく。今までの恐ろしい空気が嘘のように元通りになっていく。気がついたときには元の森に戻っていたのだった。


「わかりました……。今までの非を詫びさせてもらいます。……すみませんでした」

「え……? あ……いえ、ありがとうございます……?」


 ブネさんが謝るとエリィはキョトンとしながらもなんとか対応した。がなんだかよく状況が飲み込めていないのか言葉の受け答えがうまくいってなかった。

 その様子にホッとした僕はそのままペタンと座り込んだ。足に力がうまく入らない。


「はは。足が笑っちゃてるや……」

「あ、あの……悠太、その……」

「エリィ? 何?」

「……ありがとう……っていっておくわ……」

「うん、どうもいたしまして。……それよりも」


 僕はエリィとの会話を途中でやめて改めてブネさんに訪ねた。


「何故僕に魔物を退治させるのですか? ブネさんの力があれば僕なんか必要ないと思うのですが?」

「悠太が魔物を!? 無理でしょ!?」


 そう、どう考えても無理だ。魔物という存在がどのようなものか僕は知らないがエリィの言い分からして普通の人間じゃかなわない相手みたいだ。当然僕が退治できる訳がない。

 そもそもさっきのブネさんやエリィの怯えようをを見る限り精霊はとても強力な存在のようだ。それならば僕なんかに頼らずにブネさんが倒してしまえばいいのだ。だけど彼女は僕を頼った。ということはそれほど魔物が強いというのだろうか?ならば尚更僕が勝つことは到底不可能だろう。それともなにか戦えない理由があるとでも言うのだろうか?


「残念ですが私では相性が悪く力が通用しないのです。そのため選ばれし人である悠太様のお力が必要なのです」

「相性が悪い? 一体どういう……」

「あれは数日前のことです。その魔物はどこからともなく現れてこの森を亡き者にしようとしているのです。まだ被害はあまり出てはいませんが今もこの森を苦しめているのです。そのため私は追い出そうとしたのですが……」

「……かてなかったと」


 悔しそうにうなづくブネさん。ブネさんが勝てない魔物っていったいどんなやつなんだ?ちょっと怖くなってきた。

 とここで今まで黙っていたエィが何かを言いたそうに近づいてきた。


「どうしたの? エィ」

「……ちがうんだ」

「?」

「あいつ、母様に比べたら全然大したことないんだ!」

「? じゃなんで……」

「……母様の攻撃……効かなかったんだ……」


 エィはとても悔しそうに小さな声で語る。やはり自分の愛する自慢の母親が手も足も出ないのはとても辛いのだろう。小さな手を握り締めて手が震えている。


「しかし……攻撃が効かないって一体……」


 その時だった。後ろからとてつもない異臭が漂ってきたのだ。


「な、なんだぁ!? く、くさい!?」

「一体なによこの臭いは!?」


 まるで全てが腐った時の臭いだ。こんなの理科の実験で嗅いだアンモニアよりもひどい。なんだか鼻がもげるほど痛みが出てきた気がする。何が原因でこんな臭いが出るというんだ。


「……ついにここまで来ましたか」

「え?」

「ま、まさか……」


 ブネさんのつぶやきに僕らは気がついた。これは魔物が原因で出た臭いだということに。つまりその魔物がここに近づいてきたということなのだ。


「か、母様!」

「あわわわ! 怖いよ!」

「……逃げなきゃ……」


 妖精達もこの非常事態に大慌てだ。みんな青ざめてしまい怯え逃げ惑っている。


「あなたたちはすぐに逃げなさい。……悠太様」

「は、はい!?」

「……すみませんが、お覚悟はよろしいでしょうか?」

「えと……ちょっと待って欲しいな……」

「あなたね……」


 僕の発言にエリィは呆れてしまったようだ。だけど僕はこれがはじめての戦いなのだ。ここで僕は死んでしまうかもしれない、いや死ぬ確率の方が高いのだ。本当はさっさと逃げ出してしまいたい。

 そんな僕が逃げないのは僕の後ろにいるエィ達の存在があるからだ。今僕が逃げたらエィ達も死ぬのだ。それだけはできない。僕にとって死ぬことはとても怖い。けど友達が死ぬのはもっと怖いのだ。

 僕は自分の頬を叩いて気合をいれ前を見る。


「……よし。覚悟はできた……はず」

「はずって……もう」

「ブネさん。その魔物は?」

「あちらからです」


 そうして指を指した方を見ると驚くべき光景が広がっていた。なんと今までそこに生えていた草木や花が腐っていくのだ。さらに虫や小鳥達がバタバタと地面に落ちてきている。あれではもう助からないだろう。あんなに綺麗だった森がこんなに変わってしまうのか。僕達はあまりの光景に言葉を失ってしまった。


「なんだこれ……」

「ひどい……」

「……これが魔物の力です。……きます」


 その言葉通りに腐った木の間から何かが動くのが見えた。僕は緊張して体が固くなる。エリィとブネさんは慣れているのかいつでも来いという状態だった。こんな僕が本当に情けなく感じる。

 だが物思いに耽る暇などなくソイツはどんどんと近づいてきて……木々を吹き飛ばしてソイツは派手に現れた。

 それは気持ち悪い緑色をしていて大きな口から変な色をした液体が流れ出ている。口の下には足のようなモノが見える。あれで移動したのだろう。ソイツから何か粉のようなナニカが頭から吹き出ている。その頭には大きな傘のようになっていてその色は毒々しい色をしていた。

 コイツを見たものは10人中10人はこういうだろう……巨大なオバケキノコだ!!、と。


「でか! なんだこれ!?」

「これ、フングス!? でもこんなに大きいのは見たことない……」


 フングスと呼ばれたオバケキノコは口から嫌な色をした息が吹き出る。この息があの悪臭の元みたいだ。その息に触れた植物がみるみるうちに腐っていく。


「うわ! 植物が!」

「あんなのに触れたら私たちもただじゃ済まないわよ!」

「二人とも下がってください」


 ブネさんの言うとおりに二人は慌てて下がる。ブネさんはフングスをただ睨みつけていた。その目に気圧されたのかフングスの動きが止まった。その隙を待っていたかのように右手をフングスに向ける。すると周りのまだ無事な木の枝がスルスルと伸びていく。その伸びた枝は太く先端が槍先のように鋭くなっていた。木で出来た槍を彼女はたった数秒でものすごい量を作り上げた。これが精霊の力か。


「すっげえ……」

「これが……精霊の……」


 僕等がブネさんの力に見とれているのを気にしないかのごとく右手をフングスに振り下ろす。それを合図に木の槍が一斉にフングスに向かって飛んでいった。無数の槍は目の前の敵を貫かんとしていた。その勢いは凄まじくその時に出来た風が二人を吹き飛ばすほどの力が襲いかかってきた。


「ぬわぁ!?」

「きゃあ!?」


 あまりの勢いに体制を崩してしまった。攻撃の勢いで砂煙が上がりフングスの様子がよく見えない。だがその砂煙のおかげでこの攻撃の激しさがどれだけのものかがよくわかるというものだ。これならあのオバケキノコもただじゃ済まないだろう。


「…………やはり、ダメでしたか」

「え?」


 しかしブネさんは厳しい顔をしたまま相手を見ていた。これほどの攻撃ならどんなものもコナゴナだろうと思ったそのとき、ブネさんが作り上げた無数の槍の様子がおかしいことに気がついた。よく見ると色が変化している。


「……あ! そういうことか!」

「なによいきなり!?」

「このままじゃダメだってこと! あいつに攻撃が効いてないんだよ!」

「え!?」


 驚いたエリィはフングスの様子を見る。砂煙が晴れていくとそこには無傷のフングスがいた。槍が刺さったあとも見られない。その槍はというと色が変色して腐りおちてもう使い物にならなくなっていた。これではダメージを与えることはできない。


「あのキノコ、植物を腐らせるからブネさんにはどうしようもないんだ!」

「……!」


 ブネさんは強力な力をもった精霊だ。だがその攻撃は植物を操って攻撃する。あのオバケキノコはその植物を腐らせてしまう、つまり無効化してしまうのだ。これではどうしようもない。

 しかし、なぜこうも都合のいい力をもった魔物がこんな平和な森にいきなり現れたのだろうか?これではまるでブネさんを狙っているかのようだ。

 とフングスはじっとしていたかと思うといきなり突進を繰り出してきた。その大きさから予想できないほどの速さでブネさんにぶつかった。その攻撃をブネさんはよけずに受け止めた。まさか受け止めるとは思っていなかったが彼女は体当たりを食らったのにその場から全く動くことはなかった。さすが精霊といったところか。

 そのまま組み合っていたかと思ったがいきなりブネさんが叫んだ。その声はあまりの痛みに耐え切れなかった時の声だ。


「っああああああああ!?」

「ブネさん!?」

「母様!?」

「ああ!? 来てはいけません! くぅ!」


 慌ててブネさんのそばに駆け寄ろうとする僕とエィ。しかしブネさんの声に動きを止める僕達。そういう間にもブネさんの体がどんどんと変色していく。すなわち彼女の体がフングスによって腐っていっているのだ。早く彼女を助けないと!!


「エリィ! なんとかならないか!?」

「ちょっとまって!」


 エリィはすでにフングスの後ろに回って何かのため集中していた。早くしないとブネさんが危ないのに一体何をしているんだと思っていたが、彼女の手に火が出ているのを見えて納得した。彼女は魔法使いだったことを忘れていた。もしかしたらいけるかもしれない。


「……ちょっと熱いですけど我慢してくださいね!」


 そういう間にその火の塊はバスケットボールほどの大きさの球状に変化した。あれがゲームで有名な火球(ファイアーボール)というものなのか。

 エリィは作った火球(ファイアーボール)を右手でもち大きく振りかぶりそのまま勢い良くフングスにむけて投げつけたのだ。


「でええええええい!」 


 投げつけた火球(ファイアーボール)はそのままフングスにぶつかる。すると火がフングスを勢い激しく燃やす。その火はブネさんにも燃え移ろうとしていたが、フングスが苦しみもがいている間に素早く離れたため大事に至ることはなかった。


「ブネさん無事ですか!?」

「母様!」


 エィ達が慌ててブネさんの元へ飛んできた。僕はブネさんが無事かを確認する。彼女の体はエリィの火により少し焦げていたがこれはあまり気にしていないようだ。それよりも問題はフングスによって変色した方だ。このまま腐ってしまうなんてことになったら一大事だ。僕は心配になって彼女の右腕をつかむ。その時バキッと何かが折れたような音がした。


「へ?」

「ぐっ!?」

「母様!? 一体どうし…………」


 いきなり彼女の顔が苦痛で歪んだため何が起きたのか慌てたエィ達が見たのは、ぼうっとした悠太がつかむブネの折れた右腕。さっきの音は悠太のせいでブネの右腕が取れてしまった音だったのだ。

 悠太は自分が何をしたのか理解すると顔を真っ青にしてブネさんに泣きながら謝った。


「わああああ!? ごめんなさい!」

「母様になんてことすんだー!?」

「どどどどうしようこれ!? くっつけれるかな!?」

「これって言うな! 母様の腕なんだぞ!」


 エィが泣きながら僕の頭をポカポカと叩いてきた。二人ともアタフタとパニック状態だ。戦闘中だというのに緊張感が足りていないのだろうか。戦っているエリィが二人の様子に突っ込んだ。


「何してるのよ!? そんなことより戦いなさいよ!」

「いやそれよりこれどうしよ!?」

「私に聞くなー!!」

「これって言うなー!!」


 三人のコントが始まってしまいさっきまでの緊張感が吹っ飛んでしまった。だがフングスにそんなものは関係ない。暴れ出しそうなのでエリィはすぐに気を引き締める。だがエリィと悠太は今もあたふたとあわてふためいていた。それを見てまた突っ込みたくなるエリィだった。


「大丈夫です」

「ブネさん! この腕どうしましょう!?」

「……すぐに生えますよ」

「え?」


 そういうとブネさんの右腕はきれいな腕が生えてきたのだ。これには悠太もびっくりだ。


「は、はえたー!?」

「私の体は植物ですから」

「へ~……」

「ちょっと! 真面目にやってよね!」

「あ。ごめんエリィ。忘れてた」

「この状況わかってるのあんた!? まだ倒せてないんだから!」


 その言葉通りにフングスは身体に火が付いているがそれが致命傷にはいたらなかったようだ。今まで動かなかったのが不思議なくらいごそごそと動いているのが見える。とフングスはエリィの方へ向く。

 なんとフングスが体に火をまとったままエリィに突進してきたのだ。それをあわててよけるエリィ。だが、


「え、えええ!?」


 そのままフングスはエリィを追いかけ出す。どうやらエリィを攻撃対象に定めたようだ。こんな巨体相手の体当たりを喰らったら一溜りもない。エリィは慌てて走って逃げ出した。


「いやあああ!?」

「エリィ! 頑張って逃げろ!」

「無茶言わないでよ!? こういうの苦手なの!」


 そう言いながら結構足が早いようで何とかこっちまで戻ってきた。これが火事場の馬鹿力というやつか。


「はあ、はあ、はあ……もうダメ……」

「大丈夫?」

「……だい……じょうぶなわけ……ないでしょ……」

「でもなんとか巻いたみたいだよ。……あれ?」

「どうかしましたか?」

「オバケキノコどこ行った?」

「え?」


 さっきまでそこにいたフングスが急に居なくなったのだ。全員が当たりを見渡すがその姿はどこにもなかった。あれほどの巨体が隠れる場所があるのだろうか。それとも逃げ出したのだろうか。

 いやそれはないだろう。あれほど攻撃したのだ。そしてエリィをあれほど追いかけていた途中で逃げ出す相手じゃないと思うのだが。それなら一体どこへ……?


「あれ? 母様?」

「どうしましたか? ビィ」

「なんだか暗くなってませんか?」

「え……?」


 そういえばなんだかさっきより辺りが暗い気がする。別に太陽が雲に隠れたわけじゃないのだが……と悠太は上をむいて、驚愕の表情になった。


「やばい! 上だ! 逃げろ! 」

「!?」


 悠太は近くにいたエリィとエィを腕に抱え込み大急ぎで走り出す。と同時にフングスが上から僕らを踏みつぶそうと落ちてきた。フングスは居なくなったのではなく空高くに飛び上がっていたのだ。あの巨体でどう飛び上がったのだろうか。

 ブネさんは逃げ遅れてしまった妖精達をかばうように手を上に掲げると、巨大な木が一気に生えてきた。その大木がブネさん達を守るかのように枝を伸ばしていく。確かにブネさんがすぐに移動できるとは思えないためこの行動をとるしかなかったのだろう。

 フングスはそのままブネさんが作り出した大木に落ちてきた。だがその衝撃は凄まじく僕達は耐え切れずに吹き飛ばされてしまった。あのブネさんも吹き飛ばされていた。


「どわ!」

「きゃあ!」

「わああ!」 


 吹き飛ばされた僕達。悠太は素早く起き上がるとエリィとエィの無事を確認する。どうやら目立った外傷はないようだった。ホッとして悠太はフングスの方を見る。

 フングスは大木の上で蠢いていた。あれほどの衝撃に大木はかろうじて耐えきっていたようだ。だがどんどんと変色していっているためもう使い物にならないだろう。


「みんな無事?」

「な、なんとか……」

「それより母様とみんな!」


 エィは急いでブネさん達の元へ飛んでいった。それを僕等は追いかける。

 ブネさんはさっきの衝撃である程度の傷は付いていたが問題はなかった。だがそばにいたビィとシィが体中に傷付いてしまっていた。小さな体なのでこの怪我は危ないかもしれない。


「ビィ! シィ!」

「痛いよぉ……」

「……死ぬかも……」


 シィは結構平気なようだが、それでも見ているこっちは辛くなってしまう。

 

 悠太は思う。今の自分はまったくもって役立っていない。エリィやブネさんに任せっきりで僕はただ逃げ回るだけじゃないか。彼等は僕を頼ったのにその僕が全くの無力、それなのに怪我ひとつ追っていない。周りのみんなは傷だらけだというのに。そんな自分が不甲斐ない。


(……このままじゃダメなんだ)


 そう、ここはファンタジーの世界なんだ。僕自身の意識を根底から変える必要がある。僕はいま、たたっているんだ。戦わないと生きていけない世界にいるんだ。なら今こそ僕は傷だらけになってでも戦わなければいけないんだ。そうじゃなきゃ下の世界に帰れない。

 だけど戦う力がない僕が覚悟を決めただけじゃなんの役にも立たない。ただ突っ込んでも無駄死にするだけ。なら今できることはなんだろう?どうすればあのオバケキノコを倒せるのだろうか?

 とふと今までずっと手につかんでいたものの存在を思い出した。これはあの時折れてしまったブネさんの右腕だ。そこで僕はある可能性が頭の中に浮かんできた。


「……もしかしたら」

「? どうしたのよ?」

「ブネさん!」

「どうかしましたか?」


 エリィが僕の様子に心配したのだがそのことを無視して僕はあることを尋ねる。

 ぼくが話した可能性にブネさんは大変驚いたがなるほどとうなづいた。その内容にエリィも驚いていた。


「確かにできると思います。それも悠太様なら」


 その可能性があたっている可能性があることが分かり僕の中に喜びの表情が浮かんだ。だけどこれだけじゃ足りない。あのオバケキノコを倒す決定打にならないのだ。


「……そうか。エリィ」

「な、なに?」

「あれ以上の火は出せる?」

「……ちょっと難しいわね。あれ以上は時間がかかるし制御できないかもしれないわ。それに何発も連続で打てないわね。打ててあと2,3発ね」

 

 あいつを倒すには、火がいる。それもとても強力な炎だ。この中で火が出せるのはエリィだけ。だけどエリィの火球(ファイアーボール)以上の火力は望めないみたいだ。それに弾数も残り少ないらしい。

 これ以上の炎が出せないのならば火を大きくするモノを使うしかない。普通なら油だ。だけどこんな森に油なんてものはない。近くの町に行って用意するにも時間がかかるだろう。


(……いやまてよ?)


 僕はあることを思いついた。もしこれが成功すれば…………いや成功させる!!


「みんな聞いてください! もしかしたらいけるかもしれないんです!」

「それ本当!?」

「なにかいい案があると?」

「うん! それにはエリィやブネさん、それにエィ達の力もいるんです! だからみんな手伝ってください!」


 みんなが僕が思いついた作戦に耳を傾けてくれた。僕が思いついた作戦にみんなはとても驚いていたけど、その作戦にみんな賛成してくれた。あとは実行するだけだ。

 ブネさんと妖精達が作戦のために離れていく。僕とエリィは時間を稼ぐためにその場に残った。

フングスは未だに大木の上から降りれないらしく木の上で暴れていた。だがもう大木がもちそうにないため動き出すのは時間の問題だ。

 僕はもう逃げない。僕もこの異世界で生き残るためにあのオバケキノコと戦うんだ。

 決意を新たに決めた僕はエリィとともにフングスに立ち向かった。 


 



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