第十一話 英雄たちの敗北
災害級魔物の骸が、夕焼けの平原に長い影を落としていた。
地砕獣グラズ=ヴォルグ。
つい先ほどまで王都を脅かしていた災厄は、今や静かな屍となって横たわっている。
兵士たちは負傷者を運び、冒険者たちは疲労に膝をつき、それでも誰もが生還の実感に酔っていた。
泣く者もいた。
笑う者もいた。
ただ空を見上げ、言葉もなく立ち尽くす者もいた。
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王都冒険者ギルドの受付嬢アリスは、救護班の手伝いを終え、ようやく呼吸を整えていた。
栗色の髪を後ろで束ねた快活な少女で、普段は明るくよく通る声が自慢だったが、今は喉も枯れている。
「……もう今日は働きたくない」
「まだ終わってねえぞ」
ガレスが言った。
王都ギルド長らしい厳つい体格の男だが、その顔にも疲労は濃い。
「後処理、報告、素材分配、苦情対応。山ほどある」
「地獄ですか?」
「そうだ」
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その時だった。
アリシア率いるS級冒険者パーティ《蒼天の楔》が、骸の上からこちらへ歩いてくる。
隊長アリシア・レインフォード。
蒼髪を揺らしながら、豪快に笑っていた。
「ガレス、酒は出るんだろうね?」
「まず報告書だ」
「酒のほうが先だろ」
「報告書だ」
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エルディンが眼鏡を押し上げる。
「隊長は書類を敵視しすぎです」
「紙は斬れないから嫌いなんだよ」
「思想が蛮族です」
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そんな軽口の最中、ミレアだけが丘の上を見ていた。
黒装束の小柄な斥候少女。
彼女の眠たげな瞳が、珍しく細くなる。
「……いた」
「何が?」
アリシアが振り向く。
「見てた人たち」
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丘の上。
逆光の中に三人と一人。
黒髪の青年。
銀髪の執事。
寡黙な剣士。
その後ろに、小柄な少女。
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「……誰だ?」
レオンハルト副団長も視線を向ける。
「戦闘中、あそこにいた者か」
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ガレスだけが眉をひそめた。
「……やっぱり来てやがったか」
「知り合い?」
アリシアが聞く。
「知り合いというか、厄介というか」
「面白そうだ」
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接触
丘の上へ向かう一団。
アリスも興味本位でついていった。
英雄たちが気にする相手など、そう見られるものではない。
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近づくにつれ、奇妙さが増した。
黒髪の青年は穏やかな笑みを浮かべているだけ。
銀髪の男は完璧な姿勢で立ち、衣服の乱れ一つない。
寡黙な剣士は半歩後ろで静止している。
少女はルナ。どこか緊張しながらも、真っ直ぐこちらを見ていた。
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「やあ」
アリシアが気軽に声をかける。
「さっき見てただろ?」
「ええ」
黒髪の青年――アルトは頷いた。
「素晴らしい連携でした」
「……褒められてる気がしないな」
「本心です」
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エルディンが一歩前へ出る。
「あなた方は何者です?」
「旅人です」
「信用できませんね」
「よく言われます」
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ガレスが頭を掻いた。
「こいつらが、龍討伐の依頼を受けた連中だ」
空気が止まる。
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「……は?」
アリシアが固まった。
「龍って、あの山頂の古龍?」
「そうだ」
「倒したの?」
「倒した」
「この四人で?」
「正確には三人と教育中の一人だな」
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ミレアの瞳が完全に開いた。
「……化け物」
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提案
アリシアは笑った。
獲物を見つけた獣のような笑みだった。
「ねえ、あんたたち」
大剣を肩へ担ぐ。
「一戦、どう?」
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ルナが目を丸くする。
「えっ」
アリスは口を押さえた。
「S級が喧嘩売ってる……」
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アルトは少し考えた。
「模擬戦、ということなら」
「もちろん。殺しなし」
「なら構いません」
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セラフィスがため息をつく。
「主様。王都の常識がまた壊れます」
「壊れやすい常識ですね」
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模擬戦場
平原の一角に円形の空間が空けられた。
兵士も冒険者も集まり、即席の観客席となる。
アリスは最前列を確保していた。
「仕事は?」
ガレスが聞く。
「今これが最優先です」
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対峙する両陣営。
《蒼天の楔》四名。
対するはアルト、セラフィス、ヴァルク。
ルナは観戦側へ下がっている。
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「開始の合図は私が」
レオンハルトが言う。
「殺意は禁止。降参、戦闘不能で終了」
双方頷く。
「――始め!」
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開戦
最初に消えたのはミレアだった。
姿が霞み、地面の影へ溶けるように移動する。
次の瞬間、セラフィスの背後。
短剣が喉元を狙う。
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届かない。
セラフィスは振り返りもしない。
ただ右手を軽く横へ払った。
空間が歪む。
ミレアの身体が十メートル先へ弾き飛ばされた。
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「……は?」
観客席がざわめく。
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「空間反射です」
セラフィスが説明する。
「奇襲は嫌いではありませんが、雑です」
「今ので雑って言われた……」
アリスが呟いた。
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同時にアリシアが突っ込む。
大剣が風を裂く。
一撃ごとに人を真っ二つにできる質量と速度。
それを受けたのはヴァルクだった。
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剣が交わる。
甲高い金属音。
火花。
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アリシアの剛剣。
ヴァルクの細身剣。
本来なら質量差で吹き飛ぶ。
だがヴァルクは微動だにしない。
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「いいね……!」
アリシアが笑う。
連撃。
袈裟斬り、横薙ぎ、逆袈裟、刺突。
豪快に見えて、すべて計算された軌道。
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ヴァルクは最小限で捌く。
一歩も下がらず。
半身をずらし、刃を流し、柄で逸らし、角度で殺す。
美しかった。
水が岩を避けて流れるような剣。
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「押せない……!」
アリシアの笑みに汗が混じる。
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魔法戦
エルディンが詠唱を開始する。
五重魔法陣展開。
火・雷・拘束・幻惑・貫通。
王都屈指の大魔導士の本気。
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「降ってください」
杖が振られる。
空に現れた数百の光槍が、一斉にアルトへ降り注ぐ。
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アルトは見上げた。
「綺麗ですね」
その一言。
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次の瞬間、槍群が静止した。
空中で止まる。
雨粒のように。
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「……なっ」
エルディンの顔色が変わる。
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「術式支配権を上書きしました」
セラフィスが親切に説明した。
「主様の前で魔法を使うのは推奨されません」
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静止した光槍が向きを変える。
今度はエルディン自身へ。
「ちょっ――」
寸前でアルトが指を鳴らす。
槍は光となって霧散した。
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「危ないのでやめましょう」
「あなたがやったんでしょう!?」
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終局
ミレア再起不能。
エルディン戦意喪失。
残るはアリシアとボルグ。
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ボルグが咆哮し、巨盾で突進する。
その進路へアルトが立つ。
避けない。
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ぶつかる直前。
アルトは盾へ手を添えた。
それだけで。
ボルグの巨体が、ふわりと持ち上がり、後方へ静かに置かれた。
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「え?」
ボルグが座った姿勢で固まる。
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「重心移動です」
「今の説明で済ませる!?」
アリスが叫んだ。
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最後にアリシア。
汗だくで笑っていた。
「最高だ……!」
全力の踏み込み。
渾身の一太刀。
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ヴァルクが抜く。
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遅れて風が鳴った。
アリシアの大剣が、柄元から真っ二つに断たれていた。
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刃先が地面へ落ちる。
彼女の喉元には、ヴァルクの剣先。
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沈黙。
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「……参った」
アリシアが笑って両手を上げた。
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結果
完敗だった。
誰の目にも明らかな。
S級冒険者パーティが、一方的に負けた。
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兵士たちは言葉を失い。
冒険者たちは顔色を変え。
ガレスは頭を抱え。
アリスは震えながら言った。
「……王都、終わったかもしれない」
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アルトは困ったように笑う。
「模擬戦ですよ?」
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その穏やかな一言が、なおさら恐ろしかった。




