第4話:フォックス・ミーツ・ミルク
その小さなスカイ・フォックスは、どうやらお腹を空かせているようだった。
弱々しく目を開け、私を……というよりは、私の胸元から漂うミルクの香りをじっと見つめている。
「なっちゃん、あの子に少し分けてあげてもいいかな?」
なっちゃんは「モニュ!」と快諾してくれた。自分より小さい者には優しい、いい子である。
私は小瓶の蓋を開け、手のひらに少しだけミルクを注いだ。
すると、ミニキツネはフラフラと立ち上がり、私の手に近寄ってくると、夢中でミルクを舐め始めた。
「……キュウ、キュウ!」
一口舐めるごとに、ミニキツネの毛並みにツヤが戻っていく。
さらには、背中の小さな羽がパタパタと力強く羽ばたき始めた。
やっぱりこのミルク、回復薬以上の効能があるんじゃないだろうか。
「キュイッ!」
飲み干したミニキツネは、満足そうに一回転すると、なっちゃんの鼻先に自分の鼻をコツンとぶつけた。
異種族間の挨拶だろうか。
なっちゃんも「モニュ~」と目を細めている。
「おーい、そこのあんた! うちのルルを見つけてくれたのかい!」
広場の向こうから、エプロン姿のふくよかな女性が走ってきた。
彼女はこの街で食堂を営んでいるマリアさんというらしい。
「ああ、よかった! この子はスカイ・フォックスって言ってね、この辺じゃ幸運を運ぶって言われてるんだ。急にいなくなっちゃうから心配したよ」
「いえ、ちょうどなっちゃんのミルクを分けてあげていたところで……」
「ミルク? ……ちょっと待ちな。その香り……ただのミルクじゃないね?」
マリアさんの鼻がヒクヒクと動く。
彼女はなっちゃんをまじまじと見つめ、次に私が持っている小瓶を見つめた。
「あんた、その牛……いや、その『珍獣様』のミルク、もし余ってるならうちに卸さないかい? うちの自慢のプリンにこれを使ったら、きっと街中の貴族が腰を抜かすよ!」
思わぬ形での商談成立だった。
私はマリアさんの食堂へ案内されることになった。
なっちゃんは私の胸元で誇らしげに胸を張り、新しく仲間に加わった(?)ミニキツネのルルは、なぜか私の肩の上に飛び乗って、羽を休めている。
「なんだか、思っていたより賑やかなスローライフになりそうだな……」
私は苦笑いしながら、石畳の道を歩き出した。
四十代、独身、元・平社員。
異世界の街での第一歩は、ミルクの甘い香りと、モフモフたちの温もりに包まれていた。
「モニュ!」
「キュイ!」
二匹の鳴き声が、昼下がりの広場にのんびりと響き渡った。




