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第19話:聖獣の目覚めと、月夜の感謝祭

王都の人々に「癒やし」を提供し、牧場がかつてないほどの穏やかな魔力に満たされた、ある満月の夜のことだった。


ガルドさんが構築した「魔力循環回路」が、月の光に共鳴して淡く明滅している。芝生は銀色に輝き、空気はまるで甘い蜜のように濃密な多幸感に包まれていた。


「……なつさん、見てください。なっちゃん様の様子が少し変ですわ」


テラスでハーブティーを飲んでいたエルゼ様が、カップを置いて立ち上がった。

庭の中央、お気に入りの昼寝スポットにいたなっちゃんの体が、内側から溢れ出すような黄金の光を放ち始めていたのだ。


「なっちゃん!?」


私が駆け寄ると、なっちゃんはフワリと宙に浮き上がり、その小さな体から神々しいまでの神気が立ち昇った。

スカイ・フォックスのルルが旋回し、黄金のハムさんがその光に呼応するように激しく鱗粉を撒き散らす。アイス・ピンが周囲を凍らせ、光の乱反射で牧場は幻想的な光の宮殿へと変わった。


すると、私の頭の中に、鈴の音を転がしたような、透き通った声が直接響いてきた。


『……なつ。きこえる?』


「え……? なっちゃん、なの?」


私が呆然と呟くと、黄金の光に包まれたなっちゃんが、空中でトコトコと歩くように近づいてきて、私の鼻先を優しく舐めた。


『うん、なっちゃんだよ。ずっと、つたえたかったの』


その声は、優しくて、温かくて、それでいて少しだけ甘えん坊な、まさに「なっちゃん」そのものの響きだった。


『いつも、おいしい草をありがとう。まいにち、きれいにブラッシングしてくれてありがとう。なつが、なっちゃんをみつけてくれて、なっちゃんはとっても、とっても幸せだよ。……大好きだよ、なつ』


「…………っ」


目の奥が、熱くなった。

前世で孤独に震え、この世界に転生してからも、ポメラニアンサイズの子牛を育てるという前例のない日々に、不安がなかったわけではない。けれど、この小さくて温かい存在は、私の想像を遥かに超える愛情を返してくれていたのだ。


『おい、なつ。泣くのはまだ早いぞ。今日は俺たちからのお返しがあるんだからな』


次に響いたのは、意外にも低くて渋い、執事のような落ち着いた声だった。

声の主は、なっちゃんの耳の上でふんぞり返っている黄金のハムさんだ。


「……ハムさん? その声、キャラと違いすぎませんか?」


『ふん、外見で判断するな。これでも俺は、なっちゃんを導く黄金の導き手だからな。……おい、ルル、ピン、パコ! 準備はいいか!』


ハムさんの合図と共に、牧場の一角に隠されていた「特別なテーブル」が姿を現した。

そこには、ガルドさんがこの日のために醸造した最高級の果実酒と、エルゼ様が極秘で作り溜めていた豪華な料理、そしてミニ動物たちが森から集めてきた珍しい木の実が山のように積まれていた。


「これは一体……?」


「……ふふ。なっちゃん様が聖獣として目覚めるこの日、なつさんへの感謝を込めたパーティーを開こうと、皆様で計画しておりましたの」


いつの間にか完璧なパーティーの給仕服に着替えたエルゼ様が、誇らしげに胸を張る。

ガルドさんも、パコの背中に揺られながら、秘蔵の酒瓶を掲げて笑った。


「なつ、お前が始めたこの無茶苦茶なスローライフが、わしら全員を救ってくれたんだ。今日はわしらがお前を『癒やす』番だ。さあ、宴の始まりだぞ!」


こうして、異世界の片隅で、前代未聞の「ミニ動物たちによる感謝祭」が始まった。


パコがリズムを刻むように足踏みをし、ルルがそれに合わせて美しい歌声を響かせる。

アイス・ピンは、パーティー会場の飲み物がぬるくならないよう、絶妙な温度でグラスを冷やし続けている。

そしてなっちゃんは、聖獣としての威厳をどこへやら、相変わらず私の膝に潜り込んできては、念話で『なつ、このプリン、なっちゃんのミルクの味がするよ! すごくおいしい!』と無邪気に感想を伝えてくる。


『おい、エルゼのお嬢ちゃん。そんなに記録魔石を回してばかりいないで、お前も座ったらどうだ』


ハムさんが呆れたように声をかけるが、エルゼ様の返答は速かった。


「……黙りなさい、黄金の毛玉。なっちゃん様が喋り、なつさんと心を通わせるこの歴史的な瞬間を、一秒たりとも逃すわけにはいきませんわ! この魔石は、我が公爵家の、いえ、人類の至宝として永遠に保存されますのよ!」


彼女は感涙に咽びながら、狂ったような速度でなっちゃんを激写し続けている。その姿は、相変わらず「有能な狂気」に満ちていて、私は思わず吹き出してしまった。


「……みんな、本当にありがとう」


私は、膝の上で満足げに喉を鳴らすなっちゃんを抱きしめながら、夜空に浮かぶ満月を見上げた。


かつての私は、誰にも必要とされていないと思っていた。

けれど今、私の周りには、生意気だけど頼れるハムさん、誇り高いルル、頑張り屋のピンちゃん、優しいパコ、そして不器用なガルドさんと、愛が重すぎるエルゼ様がいる。

そして何より、心を通わせることができるようになった、世界で一番可愛いなっちゃんがいる。


『なつ。なっちゃんね、ずっと、いっしょにいるからね』


なっちゃんの温かい思念が、私の心に深く染み渡っていく。

聖獣として目覚めても、なっちゃんはなっちゃんだ。

ただ少しだけ、私のことが大好きだと教えてくれるようになった、特別な家族。


宴は、夜が更けるまで続いた。

黄金の鱗粉と月光が入り混じり、氷の彫刻が宝石のように輝く中、私たちは笑い、語り合い、最高の時間を共有した。

私のスローライフは、ついに一つの「完成」を迎えようとしていた。

けれど、それは決して終わりではなく、より深く、より愛おしい日常への入口に過ぎないことを、私は確信していた。

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