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第1話:お湯の中から異世界へ

「ポメラニアン位の大きさならなんとか飼えるのに……」


湯船の中で独り言を漏らし、ふう、と深く息を吐いた。

四十一度の絶妙な温度が、凝り固まった思考を溶かしていく。目を閉じると、さっきテレビで見たあの愛くるしい白黒の模様がまぶたの裏に浮かんだ。


そのまま、私は心地よい微睡まどろみの中に落ちていった。


「…………メェ?」


妙な鳴き声で目が覚めた。

いや、牛なら「モー」だろう。羊なら「メー」だ。

だが、その声はもっと高くて、鈴を転がしたような、それでいてどこか間の抜けた響きだった。


(……のぼせたかな)


ゆっくりと目を開ける。

そこにあるはずの、見慣れたシステムバスの白い天井はなかった。

代わりに視界に飛び込んできたのは、吸い込まれるような抜けるような青空。そして、顔の上に覆いかぶさるようにして私を覗き込む、「何か」だった。


「……モニュ?」


その「何か」は、濡れた黒い鼻をヒクヒクさせ、私の頬をペロリと舐めた。

ざらりとした感触。

私は飛び起きた。


「うわっ!? 何だ、え、どこだここ!?」


周囲を見渡す。そこは風呂場ではなく、見渡す限りの緑の草原だった。

そして私の目の前には、一匹の動物がトコトコと短い脚で歩いていた。


体長は約三十センチ。

ふさふさした尻尾を振り、丸っこい体つきをしている。

毛並みは、雪のような白に、炭のような黒の斑点模様。

どこからどう見ても、それは「ホルスタイン」だった。


ただし、サイズを除けば。


「……牛? いや、犬? ……ミニチュア・ホルスタイン?」


私は呆然と自分の手を見た。

いつの間にか、裸ではなく見慣れない麻のチュニックのようなものを着ている。

そして、足元で「モニュ、モニュ」と鳴きながら、その小さな牛——らしき生き物——が私の脛に頭を擦り付けてきた。


「かわいい……。いや、可愛すぎるけど、どうなってるんだこれ」


私は恐る恐る、その小さな頭を撫でてみた。

毛並みは驚くほど柔らかい。ドラマで見たあの子牛よりも、ずっとずっとシルキーな手触りだ。


「……モニュゥ~」


小さな牛は気持ちよさそうに目を細めた。

その時、私の頭の中に、まるでシステムメッセージのような無機質な声が響いた。


『個体名:ミニ・ホルスタイン(変異種)とのエンゲージを確認しました』

『スキル:【家庭菜園(酪農)】が発動します』


「……スキル? エンゲージ?」


私は理解が追いつかないまま、その場にへたり込んだ。

どうやら私は、お風呂の中で願った「ポメラニアンサイズの牛を飼いたい」というささやかな欲望を、異世界の神様に過剰に聞き届けられてしまったらしい。


目の前のミニ牛は、私の膝の上にひょいと乗り、そのまま丸くなって寝始めた。

ふっくらとしたお腹が上下に動く。


「……まあ、いいか。可愛いし」


混乱よりも先に、癒やしが勝った。

四十代、独身、趣味は朝風呂。

そんな私の、手のひらサイズの酪農ライフが、あまりにも唐突に幕を開けた。

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