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第15話:氷上のカオスと、極上かき氷の経済学

アイス・ピン、通称「ピンちゃん」が加わってからというもの、我が家のリビングは完全なる「スケートリンク」と化していた。

涼しいのは非常にありがたいのだが、一歩歩くごとに命の危険(主に尾てい骨的な意味で)を感じる生活は、スローライフというよりはエクストリーム・スポーツに近い。


「わわっ、おっとっと……!」


私は壁に手をつきながら、生まれたての小鹿のような足取りでキッチンへ向かおうとした。だが、無情にも足元はパキパキに凍りついている。

その横を、なっちゃんが「モニュニューン!」と楽しげな声を上げながら、四本の脚を綺麗に揃えて滑り抜けていった。最近のなっちゃんは、滑る勢いを利用して「ドリフト」を覚えたらしく、曲がり角での重心移動がプロのそれである。


「……なつさん、危ないですわ。氷の上では、重力を味方につけるのではなく、氷と対話するのですわ」


エルゼ様が、まるで氷上の舞踏会に参加しているかのような優雅な滑りで私の横を通り過ぎた。彼女の足元には、ガルドさんが即興で作った「魔力付与のスケート靴」が装着されている。

……ずるい。私にも作ってほしい。


「そんなことよりエルゼ様、この状況をどうにか……」


「どうにか? ええ、もちろん。この『天然の冷気』を無駄にするはずがありませんわ」


エルゼ様の視線の先には、ピンちゃんがちょこんと座っている「特製の大氷塊」があった。

ピンちゃんが「ピッ!」と短く鳴くと、その氷塊がさらに透明度を増し、周囲にキラキラとしたダイヤモンドダストが舞う。


「ガルド様! 例のブツは用意できておりますわね?」


「おうよ! わし特製の『魔力濃縮・七色シロップ』だ。空飛ぶイチゴのエキスに、銀月草のハーブ、さらには森の奥で見つけた謎の甘露を配合した自信作だぞ!」


ガルドさんが誇らしげに掲げたのは、宝石のように輝く極彩色の瓶。

エルゼ様は、自身の氷属性魔法を応用し、ピンちゃんが作った氷を薄く、薄く、羽毛のように削り出した。


「さあ、なつさん。なっちゃん様のミルクを隠し味に加えた『スカイ・スノー・シェイブアイス』の完成ですわ!」


差し出された器の中には、淡雪のようにふんわりと盛られたかき氷。

一口食べると、なっちゃんのミルクの濃厚なコクと、シロップの爽やかな酸味が口の中で爆発し、次の瞬間にはスッと消えていく。そして、スカイ・ベリーの効果で、体がフワリと浮き上がるような感覚。


「な、なんですかこれ……美味しすぎます……!」


「でしょう? これを、外で待ち構えている『暑さにやられた王都の面々』に、一杯銀貨三枚で提供いたしますの。名付けて『避暑地の奇跡・天空のかき氷』キャンペーンですわ!」


エルゼ様は即座に、小屋の前に「氷」の文字を刻んだ巨大な旗を立てた。

案の定、暑さにうだる草原でなっちゃんを観察していた商人や騎士たちが、その旗を見た瞬間にゾンビのように押し寄せてきた。


「ひ、氷だ! 本当に氷があるぞ!」

「なんだこの冷たさは……! 魂が凍えるほどに心地よい……!」


柵の外に急造された「かき氷スタンド」は、一瞬にして長蛇の列となった。

エルゼ様は、騎士団の精鋭たちを「はい、列を乱さないで! 貴方は三杯目ですわね? 糖尿病に気をつけて!」と、公爵令嬢の威圧感で完璧にコントロールしている。


一方、柵の内側ではハプニングが続いていた。

かき氷の美味しさに興奮したなっちゃんが、さらに勢いよく滑走した結果、勢い余って「黄金の毛玉」と化していたハムさんに衝突。

ハムさんはそのままピンボールのように弾かれ、ガルドさんが大切に持っていたシロップの瓶に激突した。


「わっ! 待て、ハム! その瓶は——!」


ガシャン、という音と共に、七色のシロップが氷の床一面に広がった。

すると、どうだろう。

ピンちゃんの冷気とシロップの魔力が反応し、氷の床から「極彩色の氷の彫刻」が、ニョキニョキとキノコのように生えてきたではないか。


「モニュ!? モニュニュ~!」


なっちゃんは、迷路のように立ち並ぶ氷の彫刻の間を、楽しそうに縫うように滑り始める。

それはまるで、ファンタジー映画の中の氷の宮殿のようだった。


「……なつさん、見てください。これは『氷の芸術庭園』として、追加の入場料を徴収できますわね。……ガルド様、シロップの追加生産を! ピンちゃん様、もっと芸術的に凍らせてちょうだい!」


エルゼ様の商売魂は、マイナス数十度の冷気の中でも全く衰えることを知らなかった。

なっちゃんは氷の彫刻に鼻を押し付けて「ひんやりして気持ちいい~」と目を細め、ルルは彫刻の頂点に止まって、キラキラと反射する光を楽しんでいる。


私は、忙しなく立ち働くエルゼ様と、自由に氷の世界を堪能する動物たちを眺めながら、自分も一皿のかき氷を口に運んだ。


「……まあ、美味しいし、涼しいし……これでいいのかな」


異世界の夏。

極寒のリビングと、熱狂の行列。

私のスローライフは、もはや「季節感」すらも超越した、カオスで甘美な「氷上のワンダーランド」へと進化を遂げていた。

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