第14話:氷の妖精と、滑り落ちる淑女の理性
十勝の夏は爽やかだと聞いていたが、異世界の夏はなかなかに容赦がなかった。
燦々と降り注ぐ太陽の光は、なっちゃんの白い毛並みを眩しく輝かせているが、当の本人は少しばかり伸びていた。
「モニュゥ……」
なっちゃんは、お腹を上にして「ヘソ天」の状態で、日陰のマットレスに張り付いている。
いつもなら元気よくパコを追いかけ回しているはずだが、今日は短い脚を時折ピクつかせるだけで、動く気配が全くない。
スカイ・フォックスのルルも、止まり木の上で羽を広げて熱を逃がし、ハムさんに至っては「黄金の餅」と化して、なっちゃんの耳の影に避難していた。
「……なつさん。このままでは、なっちゃん様のミルクが『ホットミルク』になってしまいますわ。それはそれで滋養がありそうですけれど、今のなっちゃん様にはあまりに酷ですわね」
エルゼ様が、完璧な手つきで扇子を動かしながら、なっちゃんに風を送っている。
彼女自身は、どれほど暑くても汗一つかかない「鉄の淑女」を貫いているが、なっちゃんの夏バテには相当心を痛めているようだった。
「ガルドさんに、何か涼しくなる魔法とか薬草がないか聞いてみましょうか」
私がそう言った瞬間、タイミングを見計らったかのように、草原の向こうから「ブフッ!」というパコの鼻息が聞こえてきた。
ガルドさんが、何やら巨大な、氷の塊のようなものをカゴに積んでやってきたのだ。
「おーい、なつ! 朗報だぞ! 森の奥の『万年氷の洞窟』で、面白いもんを見つけてきたわい!」
ガルドさんがパコのカゴから取り出したのは、透き通るような青い毛並み——というよりは、氷の結晶を纏ったような質感の、小さな小さなペンギンだった。
体長はわずか十五センチほど。
よちよちと歩くたびに、その足元からパキパキと薄い氷の膜が張っていく。
『個体名:アイス・ピン(氷の妖精種)を確認しました』
『スキル:【家庭菜園(酪農)】の対象として認識しますか?』
(今度はペンギンか……。しかも、歩くクーラーみたいなやつだ)
「こいつはアイス・ピン。魔力を食べて、周囲を冷やす性質がある。なっちゃんのミルクを一口飲ませてやってくれ。そうすれば、ここら一帯を冷房の効いた王宮のようにしてくれるはずだ」
ガルドさんの言葉に従い、私はなっちゃんの搾りたてミルクを小皿に出した。
アイス・ピンは、小さな翼をパタパタさせながら近寄ると、一口。
その瞬間、アイス・ピンの体が青白く発光し、小屋の中にひんやりとした冷気が渦を巻いた。
「おお……! 涼しい!」
「モニュッ!?」
冷気を感じ取ったなっちゃんが、弾かれたように飛び起きた。
そして、目の前にいるアイス・ピンに興味津々で近寄っていく。
アイス・ピンがよちよちと歩くと、その跡に「氷の道」ができる。なっちゃんはそれを不思議そうに見つめ、自分もその上に乗ってみた。
「モニュ——ッ!?」
ツルッ。
なっちゃんの短い脚が四方に開き、見事な「股割り」の状態で氷の上に滑り出した。
そのまま、なっちゃんは止まることなく、小屋の床の上を滑走していく。
「な、なっちゃん! 大丈夫!?」
「モニュ、モニュニュ~!」
驚いたなっちゃんだが、どうやらこの「滑る」感覚が気に入ったらしい。
バランスを崩しながらも、氷の上をクルクルと回転しながら滑るその姿は、まるで世界一小さなフィギュアスケーターのようだった。
「……っ!? ……卑怯ですわ……! なんですの、あの『生まれたての小鹿』のような危うさと、氷の上でワタワタと動く短い脚のハーモニーは……! 記録魔石! 記録魔石の予備を全部持ってきてちょうだい!」
エルゼ様が、再び理性をかなぐり捨てて叫んだ。
彼女はなっちゃんの決定的瞬間を逃すまいと、カメラ型の魔道具を構えながら、自らも氷の道に飛び込んだ。
「待って、なっちゃん様! そのまま、そのままのポーズで止まって……ひゃあああっ!?」
ツルン。
「完璧な淑女」であるはずのエルゼ様が、氷の上で見事な尻餅をつき、そのままなっちゃんと一緒に部屋の隅まで滑っていった。
さらには、それを見たハムさんが「面白そう!」と言わんばかりに、自ら黄金の毛玉となって氷の上をボウリングの球のように転がっていく。
「キュ、キュイ~!(遊んでる場合かよ!)」
ルルが呆れたように上空で旋回しているが、その翼の先も少しだけ凍りかけている。
ガルドさんはその様子を見て、大爆笑しながら自分のパイプに火をつけた。
「ガッハハハ! こりゃいい、夏の間はこの小屋を『アイス・パレス』と名付けようじゃないか!」
「ガルドさん、笑い事じゃないですよ! 床が全部氷になっちゃう!」
私は、氷の上でなっちゃんを抱きしめたまま「ああ、冷たくてふわふわで……極楽ですわ……」とうっとりしているエルゼ様と、その頭の上に乗って涼んでいるアイス・ピンを眺めながら、深いため息をついた。
外は猛暑。
けれど、私たちの小さな牧場の中だけは、氷の妖精がもたらした冷気と、モフモフたちの熱い交流が入り混じる、不思議で涼やかな空間へと変わっていた。
「……まあ、なっちゃんが涼しそうなら、いいか」
私は、滑って転んでお腹を冷やしているなっちゃんを抱き上げ、新しく仲間入りしたアイス・ピンに「よろしくね、ピンちゃん」と声をかけた。
ピンちゃんは「ピッ!」と短く鳴き、私の指先を少しだけ凍らせて挨拶を返してくれた。
こうして、なっちゃん牧場に「冷房担当」が加わり、私たちの夏はさらに賑やかに、そして「滑りやすく」なっていくのだった。




