第13話:王都を揺るがす「浮遊(フローティング)」ブーム
「……なつさん。ついに、ついに来ましたわ。この時代が!」
朝一番、小屋の扉を勢いよく開けて入ってきたエルゼ様の手には、王都から届いたばかりの最新の新聞——「王都週報」が握られていた。
彼女の目は、心なしかいつもより五割増しで爛々と輝いている。
新聞の第一面には、魔法写真で撮られた、大きな赤文字の見出しが躍っていた。
『驚異の魔果! 貴婦人の間で「空飛ぶイチゴ」が大流行。公爵令嬢が認めた究極のダイエット食か?』
「……これ、エルゼ様が裏で手を回しましたよね?」
「人聞きが悪い。私はただ、友人たちに『最近、体が羽のように軽くなった気がするの』という手紙を、イチゴを一粒添えて送っただけですわ。……もちろん、王家御用達の配送ギルドを使って、最高級の化粧箱に入れて、ですけれど」
彼女はフフンと鼻を鳴らす。
ガルドさんが開発し、なっちゃんのミルクを飲んだハムさんの鱗粉で急成長した「スカイ・ベリー」。このイチゴを食べると、数分間だけ体重が極端に軽くなる。
それが王都の社交界で「究極のデトックス」「空中散歩の必需品」として、爆発的なブームを巻き起こしてしまったのだ。
「おかげで、マリアさんの食堂『陽だまりの亭』の前には、イチゴ一粒を求めて王都の騎士団や貴族の馬車が列をなしているそうですわ。マリア様は今頃、銀貨の勘定で指が腱鞘炎になっていることでしょう」
「……あの、マリアさんが忙しいのはいいんですけど、うちの庭が大変なことになってませんか?」
私は、窓の外を指差した。
柵の外には、どこで聞きつけたのか、怪しげな商人や「空を飛びたい」という願望に取り憑かれた冒険者、さらにはスケッチブックを抱えた画家たちが、遠巻きになっちゃん牧場を観察している。
「モニュ~……」
なっちゃんは、柵の隙間からこちらを覗き込んでいる人間に少し困惑したのか、私の足元に潜り込んできた。最近のなっちゃんは、スカイ・ベリーを少しずつおやつに食べているせいか、機嫌が良いとフワフワと数センチ浮いたまま歩くという、非常にシュールかつ愛くるしい移動法を身につけていた。
「キュイッ! キュキュキュ!」
監視役のルルは、柵に近づきすぎる不届きな商人たちに向かって、上空から「低空威嚇飛行」を繰り返している。
そして、このブームの最大の功労者(?)であるハムさんはというと、ガルドさんが特製で作った「黄金の回し車」の中で、光り輝く鱗粉を撒き散らしながら爆走していた。その粉をガルドさんが狂喜乱舞しながらバケツで回収している。
そんな中、一台の「成金趣味」と言わざるを得ない、金ピカの馬車が牧場の前に止まった。
中から出てきたのは、シルクハットに宝石を散りばめた杖を持った、肥満体の男だった。
「おやおや、ここが噂の『浮かぶ仔牛』の牧場ですか。私は王都の果実ギルドの総帥、バルザックと申します。……奥原なつ殿、単刀直入に言いましょう。この牧場、およびその『黄金のネズミ』と『白い浮き袋』を、金貨一万枚で譲っていただきましょう!」
「白い浮き袋……? なっちゃんのことですか?」
私は思わず眉間に皺を寄せた。
なっちゃんをモノ扱いするその態度に、私の後ろで静かに控えていたエルゼ様の周囲に、物理的な「殺気」が立ち昇る。
「……バルザック様。貴方、今何と仰いました? 私の、いえ、私たちの『至宝』を、そんな安物の金貨で評価なさるなんて」
「な、なんだお前は! 私はギルドの総帥だぞ! 王都のイチゴの流通を牛耳って……」
「流通? ふふ。私が王都の税務監査部に一筆書けば、貴方のギルドの隠し口座は一晩で氷解いたしますわよ。それから……ルル様、少し『お掃除』が必要なようですわ」
エルゼ様の合図と共に、ルルが空中で旋回し、スカイ・ベリーの果汁(ガルドさんが実験で濃縮したもの)をバルザックの足元に正確に投下した。
「ぬおっ!? なんだこの赤い汁は……。あ、足が、足が浮く! 体が勝手に……!」
濃縮されたイチゴの成分は強烈だった。
バルザックは、丸々と太った体のまま、風船のようにふわりと浮き上がり、そのまま上空へとゆっくり漂い始めた。
「助けてくれ! 誰か、重りを持ってきてくれ! 私は高所恐怖症なんだぁぁ!」
「あら、素敵な空中散歩ではありませんか。そのまま王都までお帰りになってはいかがかしら。追い風が出るよう、パコ様、お願いしますわ」
パコが「ブフッ!」と力強い鼻息を放つと、浮き上がったバルザックは、まるで迷子の風船のように、青空の彼方へと流されていった。
「……エルゼ様、あの方、大丈夫なんですか?」
「安心してください。一時間もすれば魔力が切れて、どこかの柔らかい藁山の上に落ちるはずですわ。……それよりもなつさん。今のうちに、イチゴの輸出規制と、なっちゃん様のブランド登録を完了させなくてはなりませんわ。……さあ、なっちゃん様! 勝利のブラッシングの時間ですわよ!」
「モニュ!」
なっちゃんは、空に消えていった「金色の風船」には全く興味を示さず、エルゼ様の腕の中で、今日も幸せそうに喉を鳴らしていた。
王都での狂騒などどこ吹く風。
私たちのスローライフは、少しずつ「物理的に浮き上がりながら」、今日も賑やかに続いていくのだった。




