皇后の恋-1
「初めまして!」
開けっぴろげーーという表現がピッタリな笑顔を貼り付けて、その男性は悠人に近づいてきた。
「私が、君の父様だよ」
そう言って笑みを濃くする男性の顔を見た、悠人が思ったのは……。
(俺、絶対に合わない、ここ)だった。
許されるなら、天を仰ぎたかった。自分が放り込まれた、この世界から逃げ出したいと思った。
でも、そうするわけにはいかない。一般的な認知はまだまだでも、まごうことなき「多少の経験を積んだ役者」であるからには、相手の間合いに飛び込むか、躱すか、ええと、他にやりようは…。
悠人が思考を巡らせた一瞬で、相手は悠人の反応を待つのをやめたらしい。
ヒョイと後ろを振り返ると「ウケなかったよ、義樹くん」と、幾分、残念そうに報告した。
「そりゃ、若者にはウケないだろうよ。今のは、このカンパニーの酸いも甘いも知り尽くした、玄人相手のご挨拶だろ」
振り返った男性の後頭部越しに、長身の男性が立ち上がるのが見えた。その姿に、悠人は少しホッとする。
その近寄ってくる男性には、多少、自分と似た匂いを感じた。言うなれば「ああ、一般人だ」と感じたということだ。
「えーと、初めまして、戸塚悠人くん。アルバトール役の1人、井浦です」
差し出された手に異質感はなくて、悠人は考える間も無く右手を差し出す。
「は……じめまして、戸塚悠人です」
井浦と名乗った男性の手を握り返しながら、悠人は名乗った。2人の手が離れると、その自然な握手の流れに乗って、最初の男も手を差し出しくる。
「今回から、ヨーゼフ一世を演じる、成川伊織です。どうぞよろしく」
その挨拶で、悠人はようやく、成川の最初の挨拶に合点が入った。
(そういうことか……)
とある王国の皇后のミステリアスな恋を描くミュージカル「皇后の恋」。井浦も成川も、10代の頃から、この作品に出演を続ける実力派のミュージカル俳優だ。2人は9年の間に4度、この作品の主人公である皇后の息子で皇太子ルートヴィヒ役をWキャストで演じている。
今回、そのルートヴィヒ役を射止めたのが悠人。そして、皇后の夫である皇帝ヨーゼフ一世役にスライドしたのが…‥。
(成川さんだもんな……)
皇后の息子の皇太子ルートヴィヒが悠人の役なら、皇后の夫役の成川は、悠人の父親役、ということになる。
そんな相関図を、頭に叩き込んできたはずの悠人だったが……。始めての顔合わせで緊張していたところに、いきなりの成川の先制攻撃で、頭が真っ白になってしまったというわけだ。
(…‥正直、それだけじゃないけど)
「もう1人の息子はまだかな?」などと言いながら、どうやら悠人とWキャストとなるもう1人の俳優を待ち侘びている様子の成川を視界の端に捉えながら、悠人は独りごちた。
悠人の頭が真っ白になった理由……。それは成川の玄人向けの挨拶のせいだけではなくて……。
(なんつーか、人間離れした人っていうか……、なんて言うか……)
成川伊織は、悠人がこれまでの人生で、ついぞお目にかかったことのないような人間だったのだ。
姿形の造作のことではない。容姿で言ったら、それこそ、可も不可もなく整っていると言うレベルだろう。均整のとれたスタイルはしているが、(身長だって175cmってとこか)と、悠人はアタリをつける。
それに、外見で言ったら井浦の方が目を引くだろう。180cmを超える悠人と向き合っても目線がかち合う長身に、切長な目が印象的な涼しげな顔の作り。柔和な微笑みは「ミュージカル界の貴公子」と言う呼び名に相応しい。
そして何より、悠人自身が「迫力の美貌」と評される、端正なマスクの持ち主だ。その評価にはたまに「ド」がついたり「魔」がついたりする。
そんな悠人と井浦、その2人に挟まれた成川はどう見ても「愛くるしい子リス」の様相だ。
「あ、来た来た!」
嬉しげに声をあげた成川が、悠人の隣をすり抜けていく。悠人が振り返ると、ドアから入ってきた若い男に成川が駆け寄るのが見えた。
「初めまして!私が、君の父様だよ!」
悠人にした挨拶と同じ言葉を投げかけた成川に「あーぁ……」と、悠人は小さく呟く。成川の前にいるのは、今回、悠人とWキャストとなる演者だ。デビューしたてのアイドルグループに所属している、本木恭弥。彼も、このカンパニーは初めての参加のはずだ。
(また、がっかりするぞ……)
さっき悠人でがっかりしたばかりなのに。成川という人は、どうも懲りない性分らしい。
悠人がどうなることかと見守っていると、本木恭弥は一瞬、目を見開いて成川を凝視した。だが、次の瞬間には、恭しくお辞儀をし「初めまして、皇帝陛下。息子のルートヴィヒです」と、挨拶を返したのだ。
悠人の隣で「ふふっ!」と井浦が肩をすくめる。
「さすがは、本木洋平の息子だなぁ」
井浦の独り言に、悠人は(そうだった…‥)と、天を仰ぐ。
本木恭弥は、ベテラン俳優の一人息子。グループがデビューしたばかりの現在は、積極的に「おぼっちゃま」であることをネタにしてでも、グループのメディア露出を獲得している。自身の趣味なのか、本木はロックスターのような服装であるが、ビジネスカジュアルのようなジャケットスタイルの成川と並んでも違和感がないのは…‥。
(お品って、やつですか……)
成川と本木をなんとなく繋ぐもの、そして、冒頭で自分が成川にたじろいだ理由に思い当たり、悠人は「ふぅっ……」とため息を漏らす。
いるのだ、この世界にはたまに、とんでもない空気を携える者たちが。
芸能界のスターへのルートは、スタートからゴールまで千差万別。だけど、大きな分類ぐらいはあるかもしれない。強靭なハングリー精神でのし上がる者、持っている才を見出され守られ導かれる者、親から受け継いだ才能か名声を武器に勝ち進み、それらをいずれ自分のものにする者。そのどこに属していようとも、選ぶ道や進み方は人それぞれだ。その途中で脱落する者もいるし、道半ばを自分のゴールと定めて活路を見出す者もいる。
悠人自身がどこに属しているかと聞かれたら……。「持っている才を見出された」と、自分では思っている。ありがたいことに人より優れた容姿と勘所のいい演技力と美声を持っていた。最初は容姿で見出され、既定のレッスンを受けるうちにモデルやタレントとしてよりも役者として売り出された。悠人自身が強烈に望んだわけではない、所属した事務所が打ち出した方針だ。その方針は、いつしか悠人にとっても指針となったから、舞台を中心とした活動を続けている。
これまで悠人が出演してきた、いわゆる2.5次元と言われる舞台のキャストには、ハングリー型もいたし、才を見出された系もいたし、親の名声タイプもいた。一堂に会すると、それぞれの色ははっきり分かれる。だけど、同じ舞台に立つ頃には、まるで一本の紐で貫かれたように共通項を見いせるようになる。
「普通」「一般」と言ったらいいだろうか。どんなスタートでどんなルートであろうとも、結局、自分と同じ人間なんだなと感じる瞬間が必ずある。どんなに極貧であろうと、どんなに金持ちであろうと、どんなに豊かな才に恵まれていようと、だ。
だけど稀に、目にする時がある。悠人なんかが近寄ることさえ憚るような大物たちの中に、その中でも異質の存在を目の当たりにする。誰もが駆けた先で勝ち取ったその席に、最初から最後まで佇んでいるだけ…‥と、いった風情の存在を。誰もが憧れるその席は、椅子取りゲームの椅子ではなくて、その人のためにだけ設えられた特等席なのだと、何故か納得させてくる。
ハングリーでも才でも親の名声でもない。あるいは、その全部を持っているような人。
きっと成川伊織は、両親にも才能にも恵まれた人なんだろう。想像するに、きっと両親はクラシック界の大家とかいうイメージだ。
生まれた時から佇んでいるだけで、何もかもを手に入れているんだろう。
(そういう人がいる、現場なんだ……)
17歳。普通高校在籍。役者経験は青春系ドラマや映画、それから2.5次元ミュージカル作品というプロフィールでは太刀打ちできそうもない現場に、悠人は絶望した。
(マジかマジかマジかマジか!)
大股で廊下を闊歩しながら、義樹は心の中で何度も「マジか」と呟く。車を降りたところで鳴ったメッセージ。内容をみた瞬間、思わず早足で歩き始めてしまった。
今日は、日本の著名なミュージカル団体の結成50周年を祝うガラコンサートのリハの現場。様々な劇場やコンサート会場で主演を務める義樹にとっては、馴染みの会場だ。
だから、駐車場に車を停めて、最短距離で荷捌きへ。そこから搬入用のエレベーターに乗って、迷わず楽屋階のボタンを押す。エレベーターが上昇していく間に、義樹は手にしたままのスマホに目を落とした。
(マジか……)
再度LINEの文字を見ても、同じ感想しか浮かばない。
到着音もなくエレベーターが止まる。その扉が開き切るのももどかしく、義樹はエレベーターから降りた。
左に向かって、次は右……。途中で「お疲れ様ですー」「おはようございます!」と掛けられる声に「お疲れ様ですー」と、機械的に挨拶を返しながら、義樹はようやく目的の楽屋に到着した。
楽屋口には「井浦義樹様」「成川伊織様」の表示。やっぱり、今日も楽屋は一緒だった。
軽くノックをして、返事も待たずにドアを開ける。荷物をテーブルに置いた格好で、こちらを振り返る伊織を見つけた。
「伊織、ヤバイぜ!」
飛びつく勢いで義樹が伊織に近づくと、キョトンとした表情を浮かべた伊織は「ヤバいって、何が?」と、苦笑する。
「義樹くんのヤバいは、いつも……」
「大したことじゃ無いじゃないか」と言い掛けた伊織の言葉尻を義樹は大きく首を振ることで奪った。
「これはマジでヤバい!いいか、覚悟して聞けよ」
義樹は伊織の両肩を両手でガッシリと掴む。伊織の肩越しに、自分の右手が持つスマホの画面が見えた。表示させっぱなしにしていたメッセージの文面も。
「次の『皇后の恋』のアルバトール役、俺と、悠人が内定したって!」
義樹の言葉に、伊織は目を見開く。
(まさか……。悠人くんが、こんなに早くアルバトールを……?)
青天の霹靂だった。
「ミュージカル界の貴公子」「ミュージカル界の三大王子のひとり」と称される義樹ですら、アルバトール役を獲得したのは30歳まであと数日という年だった。現在、名実ともにミュージカル界のトップスターである義樹をもってしても、当時はアルバトールを演じた歴代の役者たちの初演の年齢・実力と比べられ、散々な前評判に晒されたものだ。
「だって悠人くんは、まだ、確か、21歳じゃなかった?」
伊織の問いかけに、義樹は「そう」と頷く。前回の「皇后の恋」のカンパニーで、悠人と、そのWキャストだった若い役者の20歳の誕生日を祝った覚えがある。それが1年半ほど前のこと。次の公演の幕が上がるまでに、悠人は22歳になっているだろうか……?
とにかく若い。若すぎると言ってもいい。主役の相手役ともなれば、座の中心と目されてくる。演者に求められるのは演じることとは言え、立場上、目に見えない責任がのしかかってきても文句は言えない。
2人は同時に「ふぅ……」とため息を吐く。伊織はテーブルに両手をつき、義樹は傍の椅子にドスっと腰を下ろした。
伊織に重大な報告をしたことで、義樹はようやく、「悠人がアルバトールに内定」という事柄が生む、その周辺事項に頭を巡らせられるようになった。考えなければならないことは、いくらでもある。
次の公演でも、自分はアルバトールに内定した。それそれはいずれ決定となるだろう。そこには何の不思議もない。今のミュージカル界で、グランドミュージカルの最高峰と呼ばれる「皇后の恋」のアルバトールをやれる30代の俳優は、自分を置いて他にはいない。
だけど、それはWキャストのうちの「若い方」という立場であればの話だ。これは義樹の持論ではあるが、制作陣たちもそうした心づもりで配役をしているはずだ。役柄がよほど特殊でない限り、義樹のようにまだまだフレッシュな演者は話題性のための武器に、そして円熟した役者は作品全体の質の押さえに据える。
前回の公演で、義樹とWキャストでアルバトールを演じた立石はどうなったのだろう。彼はまだ、アルバトールを3公演しか演じていない。年齢的にも実力的にも、まだまだアルバトールをやれる人だった。
だけど、その人は退けられた。自ら退いた可能性もあるが、たった3公演で手放せるような役でない事は、義樹が一番わかっている。名実ともに「皇后の恋」はグランドミュージカルの最高峰。その主役の相手役ともなれば、助演の中で最高の役柄と言えるからだ。
前回の公演の千秋楽の後も、立石とはアルバトール役について語り合った。あの瞬間だって彼は、次のアルバトールを考えていたはずだ。
(なのに、悠人が……)
まだ20代の悠人が、そのアルバトールを手に入れた。
実力を思ば、不思議はないかもしれない。4年前、17歳で彼は「皇后の恋」のカンパニーに参戦した。その経歴を初めて知った時、義樹は「何じゃこりゃ」と思ったものだ。
テレビドラマと映画とCMという映像の作品名が並び、舞台経験はいわゆる「2.5次元」と呼ばれる若手俳優たちの登竜門的作品ばかり。登竜門であるからには、そこで見出されてグランドミュージカルに抜擢されることもある。だけど、そうした者たちが必ず持っているバックボーンを、悠人は持っていなかった。
音大での専攻も、師事した教授の名前もない。学歴は普通高校の名前で終わっていた。
だからきっと、義樹以外の演者たちも彼を見くびっていたと思う。だが、稽古の初日、悠人は実力で百戦錬磨の演者たちを黙らせた。その伸びやかな声と確かな音楽性。演技は10代だけあって荒削りだが、皇帝である父に反発する若き皇太子という役柄には、その素が垣間見える荒っぽさがマッチしていた。
どこで習得した発声法なのか。もしあれが自然にできているとしたら、悠人は紛れもなく天才だ。
だから実力を思ば、悠人がアルバトール役をやることは不思議ではない。だが、どの世界にも不文律というものはある。アルバトール役を20代になったばかりの若手俳優が務めるなど、「皇后の恋」のカンパニーの不文律を激しく逸脱している。いくら悠人に実力があったって、俳優たちからの反発は必ず起こる。それどころか、業界からだって激しい追求が予想される。
30歳の義樹がアルバトールを初めて演じた時だって、それ相応の反応に苛まれたのだ。
「面白いねぇ……」
伊織がポツリと漏らした言葉に、義樹は顔を上げる。いつの間にか体を起こしていた伊織は、義樹に向かって微笑んでいた。
「息子が恋敵に変身だ」
笑いを含んだ伊織の口調に、義樹は情けなく眉を下げる。成川伊織という男は、いつもこうだ。世間の荒波なんぞ存在しないかのような顔をして飄々としている。
「伊織は、次も?」
「そ。ヨーゼフ一世の内定をもらった」
テーブルに置かれたスマホを指差し、伊織は笑う。そして「悠人くんはハタチそこそこ。それに比べて僕は30も半ば。これは、皇后の浮気にも信憑性が出るってもんだ」と肩をすくめた。
「それはお前、俺に失礼だろうよ。俺だって、お前の恋敵のアルバトールをやるんだから」
「同じ30代半ばのおじさんなんて、恋敵になるかどうか。これまで結局、皇后は浮気をしたのか、日記に出てくるアルバトールは実在するのか、結論が出ていないのが、その証拠」
「それは、そういうストーリーなんだから、結論は永遠に出ないだろうよ……」
義樹は思わず、ガックリと肩を落とした。
「皇后の恋」は、崩御した皇后の遺品から見つかった日記が発端となる物語だ。日々綴られる「アルバトール」ヘ向けた皇后の恋情や2人の逢瀬が本当にあった出来事なのか、「アルバトール」は実在するのかという謎が、ストーリーの要となる。
本気でわかっていないのか、それともわかっていてやっているのか。伊織は相変わらず「悠人くんが恋敵かぁ」と、楽しげに笑っている。
だから義樹は、伊織のことが本当にわからなくなるのだ。
伊織とは大学時代に出会った。お互いに音楽科の声楽専攻。その頃から伊織は、他人とどこか違っていた。同じ学生、そして駆け出しのミュージカル俳優という立場でありながら、伊織は泥臭さい努力とか悩みとかを一切感じさせなかった。力んで目立つようなこともせず、その癖、何故か著名な教授がすれ違いざまに声をかける。ただの学生であれば舞い上がるような場面でも、伊織は頓着する様子もなく、にこやかに応対するのだ。
それが「お育ちの違い」なのではないかと思い至った時、義樹は、そこはかとなく抱いていた伊織への不満や嫉妬を失った。望んで手放したわけではない。どうしようもない現実というものがあることを、その時点で、義樹は知っていた。
義樹が中堅どころの音楽一家の息子だとしたら、伊織は雲の上の音楽一家の一人息子。父は著名な教授ですら「お元気か」と気遣うような大物指揮者で、母も海外での活躍が目覚ましいオペラ歌手。それで息子が音大生となれば、業界全体がその金の卵の動向を固唾を飲んで見守っている。そんな伊織が受ける恩恵を羨んでも仕方がない。
学生時代は、あからさまに伊織を羨んで貶める輩もいたが、20年近く業界に身を置く立場になれば、そうした風当たりは皆無になった。
そして伊織は、なんというか、いつでも「そこが正解」という位置に身を置くのだ。ミュージカルという業界において、決して派手ではないが堅実なポジション。「ああ、ここが僕の席なんですね」とでも、言うように。柔和に笑って、腰を下ろす。
だから彼は本当に、知らないのではないかと義樹は錯覚する。芸能界という狭い世界の、そのまた狭い舞台という世界ではあるけれど、そこで日々、役を獲得し続ける一部の役者たちに対する、それ以外からの嫉妬や恨みや蔑みは確かにある。義樹自身も、それらの悪意に晒されたことはある。今だって、いつ何時、そうした悪意に襲われないとも限らない。
だけど伊織は違う。彼が「そこが正解」というポジションにいる限り、「成川伊織」である限り、そうした嵐からは一線を画す。そしてそのポジションを見誤らない伊織は、まるで絶対的な聖域にいるかのように見えるのだ。
「あ、そうだ。お祝いに、悠人くんには塩を贈ろう!」
いいことを思いついたと言わんばかりの伊織に、義樹は「なんで、塩?」と尋ねた。
「敵になるからね。敵には塩を送らなくちゃ」
「……」
伊織のこの発想を、無邪気と思うか変わり者と捉えるか、義樹は一瞬、悩む。悩んだが、仮に塩をもらっても、悠人も困りはしないだろうと、放っておくことに決めた。
お祝いというからには、きっと、いい塩を送るんだろうし。
成川伊織ともあろうものが、庶民の味方の「伯方の塩」を贈るとは考え難い。




