とある殺人鬼が、死んだだけのお話
「……久しぶりだな、イザキ。」
「あぁ、1年ぶりぐらいかな?トウカ。」
とある、郊外に立つ廃墟。
取り壊しの費用すらケチられた結果、放棄された廃ビルに一組の男女の姿があった。
一人は、警察の制服に身を包んだ女性。
キッとしたつり上がった瞳が厳しい印象を与えつつも、同時にその整った顔を際立たせている。その顔が現在睨みつけるように厳しいながらも、同時にどこか哀しさのようなものを孕んでいるように見えた。
もう一人は、黒い着流しを着た男性。
ちゃんとした和服、というよりは旅館にある寝間着のようなラフさを持った着流しを適当に羽織っているだけの服装。そんな適当な服装なものだから、脚や肩などがところどころ見えてしまっている。ただ一つ、注意が向くのは、男性が腰に差した刀の姿だった。
「元気だったか?少しやせたかな?」
「――ッ!お前、自分が何をしたか、わかっているのかッ!?」
男は、もうガラスのない窓に腰を落ち着かせながら、まるで旧友に語りかけるように優しく問いかけた。
だが、それに答える女は対照的に、親の仇を糾弾するかの如く声を荒げて、それに答えたのだった。
ただ、女の怒号にも、男は驚く様子も怯える様子もなく、相も変わらず飄々とした様子で窓の外に視線を追いやっていた。
「ここも随分と変わったよな。ほら、あそこのよく遊んだシーソーなくなっちゃなぁ。お前、あれ好きだっただろ?」
「――――。」
「いや、ある意味変わって無いのかな?昔も今も。トウカはどう思う?」
「――――――――――――――相川居裂。」
男は、同窓会で話に花を咲かすかのように懐かしむ話題をいくつも女へと語りかける。
だが、その返答は、女が腰から抜いた拳銃によって答えられた。
「お前を、殺人143名の容疑で、逮捕する。」
「…………。」
女警官からの無慈悲な宣告に、男は無言で、ゆっくりとため息だけついた。
拳銃を向けられてなお、余裕な態度を崩さない男の様子を見て、女の表情は更に険しくなった。
「―――……なにか。」
「?」
「…………なにか、言うことは、ないの?」
絞り出すように女の口から出た、その疑問。
男は、ようやく外から視線を戻し、その優し気な瞳で女を見ると、無慈悲に言い放った。
「ないよ。」
「!」
「俺は結局どこまでいっても殺人鬼だった。今も昔も。知ってるだろ?灰室燈火。」
「っ、それはッ!」
その答えに女は動揺し、手に持っていた拳銃の銃口がぶれる。
―――――その瞬間。
「至天流 四之型―――――。」
「しまっ」
男が一歩踏み込んだかと思うと、女との間合いが一気に詰められ、その腰に差した刀が引き抜かれ―――――――――――――――――
パンッ!
と、空気が破裂する音が空間に響いた。
「あ。」
「あー……。やっぱり銃弾斬るとかはフィクションだよね……。」
反射的に引かれた引き金の結果は、男の胸に空いた穴となって現れた。
男は、刀へと伸ばしていた手を放し、その手を胸へと当てると、自らの血の暖かさを噛みしめる。
そしてゆっくりと、元いた窓の方へと一歩だけ近づくと、そのまま地面に倒れた。
「―――――どうして。どうしてこうなった!」
体温が血となって体外へと流れていっている感覚を感じながら、男は女の慟哭を聞く。
その疑問に答えるには、もう力が残っておらず、口も動かせない。
ただ、ぎりぎり動かせる眼球で窓の外を見た。
そこにはまん丸な月が街灯もない廃墟とともに、
一人の女と、一人の死にかけの男。
そして、その死にかけの男に斬り殺された数十に届く死体が映し出されていた。
その結果に、男はひどく満足気に口角をあげて、心の中でこう思った。
(あぁ、綺麗な月だな。)




