第六章 三話 『特別な日』
美香と京介はエスカレーターに乗り、ゆっくりと上階へと運ばれていた。横を見ると、吹き抜けになった広大なモール内の中央に、巨大なクリスマスツリーの装飾が視界いっぱいに広がっている。金色や赤色のオーナメントが煌めき、LEDライトが七色に輝いていた。
「それで?一体、八田君は私をどこに連れて行ってくれるの?」
美香が京介の後ろから期待を込めた声で尋ねてきた。
「ん、じゃあまずは二階からだな」
京介は前を向いたまま、淡々と答える。
「え?」
「っと、あったあった」
エスカレーターから降りるなり、京介は近くにある太い柱へと駆け寄った。柱の側面には、二階のフロアマップが大きく掲示されている。京介は指で地図をなぞりながら、確認するように目を細めた。
「ここと、ここ。あと……ここの三つの店を回る」
「え、ええ、わかったわ」
美香は頭の上にハテナマークを浮かべたような表情で答えた。京介の選んだ店が一体どんな場所なのか、まだ想像がつかない様子だ。
一軒目は雑貨屋だった。テナント内は壁も床もパステルピンクで統一され、とても可愛らしい雰囲気に満ちている。店内には、アクセサリーやハンカチ、ポーチ、小さなぬいぐるみなどが整然と並べられていた。
京介は入り口で少々躊躇していた。明らかに自分のような人間が入るべき空間ではない、という空気を感じ取っていたのだ。
「……」
しかし意を決して店内に足を踏み入れると、京介は何かを探すかのように、辺りをキョロキロと見回し始めた。美香はその後ろを、少し面白そうに眺めながらついていく。
「あ、これどうだ?」
京介が手に取ったのは、淡い緑色の生地に四つ葉のクローバーの刺繍が施されたハンカチだった。
「あら、可愛い」
美香は素直に感想を述べた。
シンプルだが、上品なデザインだ。
「……」
京介はハンカチを手に取ったまま、少し考え込むように黙り込んだ。何かが引っかかっているような表情だ。
「……あともう一つくらい、何か……」
小さく呟く京介。まだ決めきれていない様子だった。
「?」
「他に、気になるものあるか?」
京介は美香に視線を向けて尋ねた。
「え?えーと、ん?ちょっと待って?」
美香は突然、何かに気づいたように目を見開いた。
「なんだ?」
「今、これ……何してるの?」
「……お前へのプレゼント選び」
京介はどこかバツが悪そうに、視線を逸らしながら小声で呟いた。
「やっぱり!」
美香は思わず声を上げた。店内にいた他の客が一瞬こちらを振り向く。
「仕方ないだろ。僕は年頃の娘が欲しがる物なんて知らん」
京介は少し不機嫌そうに、おじさんのような口調で言った。
「おじさんみたいなことを……まぁ、『事前に準備しておく』とは言ってなかった私にも非があるわね」
美香は苦笑しながら、自分の落ち度も認めた。
「……悪かったよ。一応いろいろ調べてみたんだけど、よくわかんなかったんだよ。その代わり、昼食は奢る。フードコートだけど」
さすがに申し訳ない気持ちになってきて、京介は素直に謝罪した。
「!仕方ないわね。じゃあ!さっき言ってた店、全部回ってじっくり探すわよ!ほら、まずは八田君が選んで!」
美香の表情が、パッと明るくなった。
「はいよ」
いつの間にか機嫌が良くなった美香に背中を軽く押され、京介は次の店へと向かった。
(昼食奢りが効いたのだろうか。ありがとう、おじいちゃん。余分にお小遣いくれて……)
京介は心の中で、劉の祖父に感謝の言葉を送った。
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「意外と時間かかったわね」
美香がスマホの液晶画面を確認すると、12時16分を指していた。
二人はフードコート内の席を二人分確保し、少し息を整えるように休憩していた。周囲には家族連れやカップルが談笑しながら食事をしている。クリスマスソングがBGMとして流れ、華やいだ雰囲気が漂っていた。
「本当にな。結局選んだの、最初の店のハンカチだし」
京介は少し疲れたように息をついた。
あれから、服屋や他の雑貨屋、手芸店、スポーツ用品店など、さまざまな店を巡り歩いた。しかし、美香のお眼鏡に適ったのは、結局一番最初に京介が選んだ四つ葉のクローバーの刺繍入りハンカチだった。
美香は、綺麗にラッピングされたハンカチの箱を、まるで宝物のように大切そうに持っている。
「八田君、ありがとう」
美香は心から嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして」
京介は素っ気なく答えたが、その表情には少しだけ安堵の色が浮かんでいた。
「あ、じゃあ私ももう渡しちゃおうかな。本当は一日の最後に渡そうと思ってたんだけど」
美香はそう言いながら、コートの内ポケットから長方形の黒い包みを取り出した。高級感のある、マットな質感のラッピングだ。
「はい!開けてみて?」
美香は少し恥ずかしそうに、それでいて期待に満ちた表情で京介に差し出した。
「ありがとう」
京介は黒の包みを受け取った。手に持った瞬間、予想以上の重量感に少し驚く。慎重に包装紙を開けると、高級ブランドらしきロゴが見えたが、英語で書かれているため全く読めない。
パカッ
箱を開けた瞬間、京介は思わず息を呑んだ。
「ね、ネックレス?!」
シルバーのチェーンに、一つだけ透明で美しいクリスタルが吊り下げられている。シンプルだが洗練されたデザインだ。さらによく見ると、クリスタルとチェーンの繋ぎ目部分に、何かの文様が刻まれた小さな金属製のプレートがさりげなく付いていた。
一見すると簡素に見えるが、素材の質感や細部の作り込みから、かなり高価な物であることは容易に予想がついた。
「僕、こういうの着けるタイプに見えるか?」
京介は困惑した表情で尋ねた。
「全く」
美香は即答した。
「じゃあ、何で選んだんだよ……もったいないだろ」
「でも、八田君ってもらったら、なあなあで着けるタイプでしょ?」
美香はニヤリと笑った。京介の性格を完全に見抜いている。
「う……まあ、ちゃんと着けるよ」
京介は反論できず、素直に認めた。
「じゃあ、今から着けてよ。つけてあげる!」
美香は有無を言わさぬ勢いで、京介のマフラーを軽く剥ぎ取り、ネックレスを首にかけ始めた。クリスタルが胸元で揺れる。
「うん、いいじゃない。今日の服装にも合ってるわ。ほら、鏡」
そう言って、美香はバッグから小さな手鏡を取り出して見せてきた。
鏡に映る自分の姿を見て、京介は少し戸惑った。ネックレスなど生まれて初めて着けたため、違和感がすごい。だが、デザイン自体はかなり好みの部類だった。シンプルで主張しすぎず、それでいて存在感がある。
「……ありがとう」
京介は照れ隠しに視線を逸らしながら、小さく礼を言った。
「どういたしまして」
美香はニヒッと満足そうに笑った。
「さっ!じゃあここでご飯を食べたら、私のプランよ。一時までには食べ終わってね」
美香は急に張り切った様子で立ち上がった。
「はいはい、お手柔らかにな」
ーーーーー
「ほらほら、八田君!早く早く!」
「はぁ、はぁ……まだ時間あるんだろ?」
京介は肩で息を切らしながら、なんとか美香についていこうと必死だった。
昼食後、二人は電車に乗って隣街までやって来た。電車から降りてから、もう数分ほど走らされている。
なにぶん、厚手のコートやマフラーで着込んでいるため、動きづらくて仕方がない。
冬の冷たい空気が肺に突き刺さり、呼吸するたびに白い息が漏れる。
「あ、見えてきたわ!」
美香が嬉しそうに声を上げた。
「あれは……水族館か」
視界の先に、大きな水色の建物が姿を現した。建物のてっぺんには、巨大なイルカのイラストが描かれており、遠くからでもよく目立つ。周囲にはクリスマスシーズンということもあり、多くの家族連れやカップルが行き交っていた。
「ここが入り口ね。わぁ……すごい装飾!」
一足先に到着した美香が、目をキラキラと輝かせている。まるで子供のように無邪気な表情だ。
「うおっ……なんかすごいな」
遅れて追いついてきた京介も、思わず立ち止まって見上げた。
水族館の入り口へと続く通路には、赤と緑のクリスマスカラーの電球が無数に吊るされ、暖かな光を放っている。通路の両脇には、白く光る木々や、色とりどりの魚のオブジェが飾られていた。クリスマスと海の世界が見事に融合した、幻想的な空間が広がっている。周囲からは、訪れた人々の歓声や笑い声が聞こえてきた。
「早く受付に行きましょ。予約はしてるからスムーズよ」
美香は軽快な足取りで先を行く。
「サスガ、オジョウサマ〜」
京介は棒読みで称えた。
「なによそれ」
美香は「ふはっ」と笑いながら、軽くツッコミを入れた。その表情は楽しそうだ。
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「お願いします」
受付カウンターで、美香がスマホの画面に表示された予約番号を見せた。
「はい、お預かりいたします」
受付スタッフが端末を操作し、チケットを2枚発券する。
ピッ
「お返しいたします。どうぞ良い一日を」
受付の女性スタッフが、笑顔でチケットに書かれているバーコードをスキャンし、美香に返した。
「八田君、これ一枚あげるわ」
そう言って、美香は一枚のチケットを京介に手渡した。
チケットをよく見ると、水色の背景に可愛らしいイルカのイラストが描かれている。どうやらこのチケット自体も、記念品として持ち帰れるデザインになっているようだ。京介はそれをコートのポケットに丁寧にしまった。
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「おお……」
館内に足を踏み入れた瞬間、京介は思わず感嘆の声を上げた。
館内は外の明るさとは対照的に薄暗く、幻想的な雰囲気に包まれている。床や水槽が青白く光り、まるで海の底にいるかのような錯覚を覚える。天井からは柔らかな間接照明が降り注ぎ、水槽内の生き物たちを美しく照らし出していた。
最初のエリアは「小魚ゾーン」らしく、館内には複数の円柱状の柱が規則的に立ち並んでいる。
それぞれの柱には小さな水槽が埋め込まれており、色鮮やかなメダカやグッピー、ネオンテトラなどの小魚たちが優雅に泳いでいた。光を受けて、魚たちの鱗がキラキラと輝いている。
「綺麗ね……」
美香は水槽に顔を近づけて、うっとりとした表情で魚たちを眺めている。
京介は受付でもらったMAPを広げて確認した。
どうやら、館内を右回りに一周すると、すべての展示エリアを見て回れるようになっているらしい。中央部分には飲食店やお土産屋さん、そしてイベントゾーンのブースが集まっている構造だ。
MAPによると、小魚ゾーンの次は「川魚ゾーン」で、本物の森の中にいるかのような内装になっているという。
その次は「淡水魚ゾーン」が続き、続いて「海ゾーン」がある。海ゾーンは館内で最も広大なエリアで、ペンギンや北極熊などの大型生物もここで展示されているらしい。
「とりあえず、一周してからイベントゾーンに行きましょう」
美香が提案した。
「ああ。にしても、人が多いな」
館内は予想以上の混雑ぶりだ。クリスマスシーズンということもあり、家族連れやカップルで賑わっている。子供たちの歓声が響き、大人たちも楽しそうに展示を眺めている。
「あら、不安なら手を繋ぐ?エスコートするわよ?」
美香がいたずらっぽく笑いながら言った。
「結構だ」
京介は即座に断った。
「あーら、残念」
美香は少し拗ねたような口調で言ったが、その表情はどこか楽しそうだった。
二人は並んで、次のエリアへと歩き始めた。京介の心の中では、少しだけ期待感が芽生えていた。水族館をこんな風に誰かと一緒に回るのは、初めての体験だった。
「あっ、見て八田君。あれ」
美香が指差した先には、壁一面に広がる大きな水槽があった。
色とりどりの熱帯魚が、まるで虹のように泳いでいる。
「ああ、綺麗だな」
京介は素直にそう思った。薄暗い館内で、水槽の青白い光だけが幻想的に浮かび上がっている。
「ねえ、あの魚なんだと思う?」
「さあ。僕は魚には詳しくない」
「もう、ちょっとは考えなさいよ」
そう言いながらも、美香は楽しそうに水槽に顔を近づけている。
その横顔を見て、京介はふと思った。
こういう何気ない時間も、悪くないな、と。
川魚ゾーンに入ると、本物の川のせせらぎを再現したような音が流れていた。
岩や流木が配置され、まるで森の中を歩いているようだ。
「わあ、イワナだって。こんなに大きいのね」
「確かにでかいな。これなら食いでがありそうだ」
「食べることしか考えてないの?」
「いや、普通そう思うだろ」
美香は呆れたように肩をすくめたが、その表情は柔らかかった。
淡水魚ゾーンを抜けると、いよいよメインの海ゾーンだ。
通路を曲がった瞬間、目の前に巨大な水槽が姿を現した。
「すげえ……」
京介は思わず足を止め、見上げた。
高さ10メートルはあろうかという円柱型の巨大水槽の中を、優雅なエイやサメが悠々と泳ぎ回っている。
青白い照明に照らされた水の中では、無数の小魚たちの群れがキラキラと光を反射しながら、まるで一つの生き物のように動いていた。
水槽の底からは気泡が静かに立ち上り、幻想的な雰囲気を作り出している。
水槽の前には木製のベンチがいくつか設置され、多くの来館者が腰を下ろして、ゆったりとした時間の中で海の生き物たちを見上げていた。
「ね、ちょっと座って見ていかない?」
美香が京介の袖を軽く引いた。
「そうだな」
二人は空いているベンチを見つけて、並んで腰を下ろした。座った途端、頭上を巨大なエイが静かに通り過ぎていく。
その姿は、まるで空を飛んでいるかのように優雅だった。
静かな水音と、遠くから聞こえる子供たちのはしゃぐ声。時折、水槽内の生き物を説明する館内アナウンスが流れる。
クリスマスの喧騒から離れた、別世界のような静謐な空間だった。
「……なんか、落ち着くな」
京介がぽつりと呟いた。さっきまでの買い物の疲れが、不思議と癒されていくような感覚だ。
「そうね」
美香も静かに同意した。
いつもの元気な様子とは違う、穏やかな表情を浮かべている。
二人は並んで座ったまま、しばらく無言で水槽を眺めていた。言葉はなくとも、その沈黙は心地よいものだった。
「そういえば、この後の予定は何なんだ?」
ふと思い出したように、京介が尋ねた。
「その時のお楽しみよ」
美香はニヤリと笑って、教えようとしない。
「……」
京介は少し不安になったが、追求するのはやめておいた。
「うーん、まぁそろそろ行こうかしらね」
美香は「よいしょっ」と声を出しながら立ち上がった。京介も黙って後に続く。
「ここは……」
美香についていくと、いつの間にか屋外に出ていた。場所的には、館内のイベントゾーンだろう。どうやら建物の中心部分が吹き抜けになっているようで、上を見上げると冬の空が広がっていた。
しかし、京介が目を疑ったのは、目の前に広がる真っ白な光景だった。
「ス、スケート?」
「そうなの!珍しいでしょ?ここ水族館なのに、冬季限定でスケートができるみたいなの」
美香が嬉々として語る。その表情は、まるで自分の企画が成功したかのように誇らしげだ。
しかし、京介には大きな懸念があった。
「僕、初めてなんだが……」
「え、そうなの?できないとは思ってたけど、まさか未経験だったとはね」
美香は少し意外そうな顔をした。
「おん?」
京介はほんの少しばかり怒りを覚えた。
「安心して、私が教えてあげるから」
美香は自信満々に薄い胸を張った。
「……」
京介の不安は募るばかりだった。
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「わ、ちょっ!草薙、絶対離すなよ!」
「はいはい、離さないわよ」
「もっと!もっと、しっかり握れ!全然安定しない!」
「……わ、わかったわよ」
美香の手に、より強い力が込められる。
スケート靴を履いた京介は、まるで生まれたての子鹿のように、リンクの上でふらふらと揺れていた。足元がまったく定まらず、美香の腕にしがみつくようにしてなんとか立っている状態だ。周囲では、子供たちや慣れたスケーターたちが軽快に滑っていく。
「ふう……少し安定してきたな」
数分後、京介はようやく立つことに慣れてきた。
「じゃあ、少し動きましょうか」
「あ、ああ。ちゃんと握っててくれよ?」
「もちろんよ」
美香の手を頼りに、京介はゆっくりと足を前に出し始めた。
「お、おお、進んでる……」
「ふふ、そりゃ進むわよ」
美香は楽しそうに笑った。京介の必死な様子が、どこか微笑ましく見えるのだ。
二人は手を繋いだまま、ゆっくりとリンクを滑り始めた。京介は慎重に、一歩一歩確かめるように進んでいく。
「おわ!」
しかし、氷の上のわずかな凹凸に足を取られ、京介は体勢を崩した。
「八田君!」
倒れ込んだ京介を、美香が咄嗟に抱きとめた。
「ビ、ビックリした…」
二人の顔が、思いがけず近くなる。
「っ!!」
美香の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
慌てて京介を突き飛ばしてしまう。
「うわー!」
予想外の力で押された京介は、バランスを失ったまま凄い勢いで滑り出していった。制御が効かないまま、どんどんスピードが上がっていく。
「はっ!いけない!」
我に返った美香が、慌てて後を追いかけ始めた。
京介は壁にぶつかりそうになり、思わず『結界』を使用しようとした。だが、その瞬間……
「おっと!」
どこからともなく現れた長身の優男が、片手で京介を軽々と受け止めた。まるで羽毛のように軽い動作だった。
「大丈夫かい?」
男は爽やかな笑顔で京介を見下ろした。
「え、あ、ありがとうございます!」
京介は驚きながらも、礼を述べた。
「八田くーん!」
美香が遅れて滑ってきた。
心配そうな表情で京介に駆け寄る。
「ごめん!八田君、大丈夫?」
「あ、ああ。なんとか、この人のおかげで……」
京介が視線を向けると、美香もようやく男の存在に気づいた。
「私のせいなんです、すみません。本当にありがとうございます」
美香は深々と頭を下げた。
「いやいや、無事で何よりだよ。じゃあ、二人とも仲良くね?」
そう言って、男は朗らかな笑顔を残し、軽やかな滑りでその場を立ち去っていった。
まるでフィギュアスケーターのような優雅な動きだった。
「「ありがとうございました〜!」」
二人は声を揃えて、男の背中に向かって礼を言った。
(なんか、あの人……どっかで会ったような?)
京介は男の後ろ姿を見ながら、妙な既視感を覚えていた。だが、記憶を辿ってもはっきりとは思い出せない。
「八田君、本当にごめんね?スケートはもうやめときましょう」
美香が申し訳なさそうに提案した。
「ん、そうだな。また事故ったら、さすがにやばいし」
そう言って、京介はヨチヨチとペンギンのような歩き方で、出口の方へと進もうとした。
一瞬、美香は先ほどの男が立ち去った方向を、じっと睨むように見つめていた。
「……」
何かを考え込むような表情だ。だが、
「おわ!」
京介が盛大に転んだ音が響いた。
「八田君!!」
美香は慌てて思考を中断し、倒れた京介のもとへと急いで駆け寄った。




