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諦めた僕と諦めないお嬢様の話  作者:
第六章

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第六章 二話 『変化は突然に』


「あー、疲れた〜」


京介は自室のベッドに倒れ込むように身を投げ出し、顔を枕に深く埋めて叫んだ。その声はほとんど布団に吸収され、くぐもった呻き声となって消えていった。


今日で定期テストの全科目が終了した。


試験終了後の十分間の休憩時間まで月夜講師による丁寧な補足説明が行われたこともあり、テストは自分史上最高の出来栄えだったと確信している。持てる力のすべてを出し切った今、京介の体はまるで抜け殻のようだった。


文字通り、指一本動かすのも億劫なほどの疲労感が全身を包んでいる。


ブブブ──ブブブ──ブブブ──ブブブ──


「んあ?」


机の上に置いていたスマートフォンが振動音を立てている。京介のスマホに電話がかかってくるなど、かなり珍しいことだ。大方、詐欺電話か、あるいは劉からの連絡だろう。


(よし、放置しよう)


京介は再び顔をベッドに埋めた。このまま眠りに落ちてしまいたい衝動に駆られる。


ブブブ──ブブブ──ブブブ──ブブブ──


(……)


しかし、振動は止まない。一度切れたかと思えば、すぐにまた鳴り始める。


ブブブ──ブブブ──ブブブ──ブブブ──


(……いい加減にしろよ)


京介は眉間にしわを寄せた。それでもなお、振動は執拗に続く。


ブブブ──ブブブ──ブブブ──ブブブ──


「しつっっこい!」


京介は頭をかきむしりながら、仕方なく重い体を起こして机へと歩み寄った。スマホを手に取り画面を見ると、この執念深さから予想していた通りの名前が液晶に表示されていた。


『MIKA』


京介は「やはり」と、ジトッとした目でスマホの画面を睨みつける。


ブブブ──ブブブ──ブブブ──ブブブ──


スマホはなおも早く出ろと催促するように鳴り続けている。


「あー、はいはい、出ますよ出ますよ」


京介は諦めの溜息をつきながら通話ボタンをタップした。


ピッ


「もしもー……」


「もー!やっと出た!電話が来たらワンコールで出ないと失礼なのよ!常識でしょ!」


開口一番、美香の不満げな声が耳に飛び込んできた。


「どこの企業の新人研修だよ、それ……。それより、出るまで延々とかけ続けてくる方がよっぽど無礼だろ」


「そんなことより!八田君、テスト終わったんでしょ?月夜さんから聞いたわよ」


美香の声のトーンには、少しだけ不服そうな響きが混じっている。


「あ?ああ、終わったけど?今やっとゆっくりできると思ってたんだけど?」


「終わったんなら連絡してよ!こっちは気を使ってテスト期間中は邪魔しないようにしてたのに!」


「知らんがな」


「んもー!」


美香の憤慨する様子が電話越しにも伝わってくる。京介は小さく苦笑した。


「それで、何だよ。なんか急用か?」


余白探偵社関連の用件なら、わざわざ電話なんてせずにグループLINEに送ればいいはずだ。それに、活動の再開日は冬休みからと決めてある。定期テストと劉の怪我の全治期間を考慮すると、ちょうどそのくらいの時期になるのだ。


「きゅ、急用というわけじゃないんだけど……、その、クリスマスって空いてるかしら」


「僕に予定があると思うか?それとも煽りか?バイトのシフトは変わらないぞ」

バイトなどしてないが


京介は素っ気なく答えた。クリスマスに予定など入るはずもない。毎年変わらぬ日常が待っているだけだ。


「違うわよ!そういう意味じゃなくて!」


「じゃあ何だよ」


「あう、えっと、その……」


電話の向こうで美香が言葉に詰まる気配がする。普段の彼女らしくない、妙にもじもじとした様子だ。何か言いづらいことでもあるのだろうか。


数秒の沈黙の後、美香は意を決したように言葉を紡いだ。


「空いてるなら……八田君の一日、私にください」


「へ?」


京介の思考が一瞬止まった。


今、何と言われたのか、すぐには理解できなかった。



--------



(何でこうなった……)


今日は12月25日。街にリア充どもが増殖する忌々しき日、クリスマスだ。街全体がクリスマス一色に彩られ、イルミネーションが昼間から目がチカチカするほどの輝きを放っている。


大型ショッピングモールの中央広場には、見上げるほど巨大なクリスマスツリーが飾られ、買い物客たちがその前で記念撮影をしている光景が目に入る。


京介は待ち合わせ場所の近くにある柱にもたれかかり、いつも通りの無表情でスマホの時間を確認していた。


先日の電話で美香から伝えられた内容は、こうだった。


・午前の予定は京介が考える

・午後の予定は美香が考える

・お互いにプレゼントを用意する


美香は「楽しそうじゃない?」と、妙にワクワクした様子で提案してきたのだ。京介は特に断る理由も思いつかず、結局了承してしまった。そして今に至る。


(この服、思ったより暖かいな……)


白のタートルネックに黒のスキニーパンツ、膝下まで長さのある上質な茶色のロングコート。首元にはクリーム色のマフラーを巻き、黒の革手袋をはめている。


そして頭には、まるで探偵が被っているような洒落たハンチング帽。全身から漂う「服に着られている感」が半端ない。


京介は普段、服装にほとんど気を使わないタイプだ。着れれば十分、というのが彼のモットーである。


だが今日は、明らかに普段とは違う、いわゆる「オシャレ」な格好をしていた。


理由は単純だ。どこからか今日のことを聞きつけた劉が、祖父母を引き連れて京介の家にやって来たのである。そして、問答無用で少し離れた場所にある高級ブランド店に連行されたのだ。


「草薙さんをエスコートするんだもん、京ちゃんのかっこいいところを見せないと!」


劉はそう言って、京介を丸一日かけて着せ替え人形にした。おばあちゃんが異様に乗り気だったのがタチが悪かった。「あら、これも似合うわ」「こっちの方がいいんじゃない?」と、次から次へと服を持ってくる。


服だけでなく、マフラーや手袋、帽子などの小物類もすべて揃えられた。

どれもかなり高価なものばかりだ。


最初はニコニコと笑顔で見守っていたおじいちゃんの表情が、会計の度にどんどん青ざめていったのが印象的だった。申し訳なさと同情を覚えずにはいられなかった。


ちなみに、この買い物での思わぬ収穫は、自分の身長がかなり伸びていることが判明したことだ。


店員さんに背丈を測ってもらうと、173センチもあった。以前の身体測定で測った際は168センチだったはずなのだが、遅めの成長期が来たのだろうか?体重はほとんど変化していないところが、少し複雑なところではあるが。


(早く着きすぎたか……)


約束の時間まで、まだ15分ある。


これではまるで、僕が今日を楽しみにしていて、待ちきれずに早く来すぎたみたいではないか。


そんな風に思われるのは癪だ。


(少し離れた場所に隠れて、草薙が来たらさりげなく声をかけるか)


京介はスマホをコートのポケットにしまい、移動しようと身体の向きを変えた。その瞬間だった。


「……」


「……」


すぐ横に、呆然と立ち尽くしている美香がいた。

寒さのせいなのか、その頬は少し紅く染まっている。


二人の視線が交差し、気まずい沈黙が数秒間続いた。


「あ、八田君……おはよう……」


美香が先に口を開いた。その声は、いつもより少しだけ小さい。


「っ!い、いつから居たんだよ!」


京介は思わず声を上げた。完全に不意を突かれた格好だ。


「そんなによ?ただ、いつもと印象が違いすぎたから、もしかしたら人違いじゃないかなって……観察してたの……五分くらい」


美香は視線を逸らしながら、誤魔化すように長い黒髪を指でクルクルと巻きつける。その仕草には、どこか後ろめたさが滲んでいた。


「ふーん……」


京介はとりあえず納得した。

最後の小声で呟かれた「五分くらい」という言葉は、聞こえなかったようだ。


「そ、そんなことより。ほら!見て!」


美香は急に話題を変えるように、両手を左右に広げて全身を見せつけるポーズをとった。


「どうした?」


京介は首を傾げる。何を見せたいのか、さっぱり分からない。


「『どうした?』じゃないわよ!レディのオシャレ着を見たら、感想くらい言いなさいよ!」


美香はムスッとした表情で、フグのように頬を膨らませた。その姿は、本当に名家のお嬢様なのか怪しくなるほど子供っぽい。


「ふ、服ぅ?」


京介は改めて美香の服装に目を配った。真っ白のロングコートに黒のタートルネックセーター、濃紺のパンツ。首元には真っ赤な大きめのマフラーが巻かれ、頭には白のニット帽が被られている。ニット帽の左右とてっぺんには、可愛らしいポンポンが付いていた。全体的に、冬らしい配色のコーディネートだ。


「感想……」


「何でもいいから、ほら、何かあるでしょ?」


美香は期待に満ちた目で京介を見つめている。


「なんか……全身真っ白で、カレーうどんとか食えなそう」


「八田君……あなた……ほんと……」


美香は一周回って、哀れなものを見るような目で京介を見つめた。その瞳には、呆れと諦めが混じっている。


「僕にそんな情緒を求めんな。ほら、さっさと行くぞ」


京介はそそくさと歩き出した。これ以上この話題を続けると、面倒なことになりそうな予感がしたからだ。


「ああ、待ってよ、もう!」


美香は怒っているような口調で後を追いかけてきたが、その表情は楽しそうに笑っていた。

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