第五章 十四話 ゴージャス・ディナー
夕食の時間が訪れた。
広いダイニングテーブルには、月夜、天音、京介、劉、透、千代、そして美香。
静と大和は流石に3日も長期の滞在はできず帰宅した。
テーブルに並ぶ料理は、美香の家のシェフが腕を振るった豪華なものばかりだ。繊細な盛り付けの前菜から、湯気の立ち上る温かいスープ、丁寧に調理されたメイン料理まで、一流レストランにも引けを取らない品々が並んでいる。だが、その豪華さにもかかわらず、テーブルを包む雰囲気は温かく、家庭的だった。
高級な食器や洗練された料理が、かえって皆の距離を縮めているようにさえ見える。
「いただきます!」
全員が声を揃えて言った。その声は自然と調和し、まるで本当の家族のように響いた。
「……美味しい……」
天音が小さく呟いた。その声には、素直な感動が込められていた。
「よかった」美香が優しく微笑む。
「たくさん食べてね。朝と昼は病み上がりだからって、お粥とか消化の良いものばかりで味気なかったでしょ?」
「天音さん、もうすっかり元気そうだね」
劉が明るく声をかけた。その表情には、心からの安堵が浮かんでいる。
「……はい。ご心配おかけしました」
天音は少し恥ずかしそうに頭を下げた。頬にかすかに赤みが差している。
「元気になってなによりだよ」劉は嬉しそうに続けた。「あ、京ちゃんこのスープ美味しいよ。ほら、あーん」
「……ああ」
京介は虚無の表情で応えた。その目には、もはや抵抗する気力すら残っていないように見える。
「……あなたたち、もしかしてずっとその状態のつもりですか」
月夜が劉を見て訝しげに聞いた。
その声には、呆れと困惑が入り混じっている。
「へ?」
劉は何を当然のことをという顔をしている。
悪びれる様子は微塵もない。
月夜は劉を……正しくは劉と京介を見た。劉がピッタリと京介の右隣をキープし、スプーンで料理を食べさせている。京介は観念したように、無表情で口を開けては食べ物を受け入れている。
ちなみに美香は京介の左隣に座り、料理を食べやすい大きさに丁寧に切り分けている。ナイフとフォークを器用に使い、一口サイズに整えていく様子は完全に育児だ。
「うーん、もうちょっと細かくしないと喉に詰まっちゃうかな?」
いや、もはや介護と言った方が正確かもしれない。
美香が真剣な表情で呟きながら、さらに小さく切り分ける。
朝と昼も同様のことが行われており、京介はもはや抵抗する気力すら失っているようだった。最初は「自分で食べられる」と主張していたはずなのだが、二人の熱心な介護(?)の前に、完全に白旗を上げてしまったらしい。
「まぁ、京介さんも無事でよかったです」
透が安堵の表情で言った。
その声には、心からの安心感が滲んでいる。
「あ、はい……」
京介も苦笑いで答えた。無事は無事だが、この状況がいつまで続くのかと思うと、少し複雑な心境のようだ。
千代は二人の様子を見て、満足そうに頷いた。
「まぁこれで一安心ね。京介くんも天音ちゃんも、ちゃんと食事が取れているようで何よりだわ」
「はい……」
笑顔で返事をした天音だが、その表情にはまだ少し影が差していた。目元にかすかな不安が残っている。
「天音さん?どうかしたの?」
美香が天音の変化に気づいて聞いた。
「あ、いえ、なんでも……」
天音は慌てて否定しようとしたが、その声には迷いが滲んでいた。
「もしかして、二人のこれからの生活について心配しているのかしら」
美香に心の中を見透かされ、天音はドキッとした。
図星を突かれた驚きが顔に表れる。
「それなら安心して」美香が穏やかに微笑んだ。
「二人のことは草薙家が守るわ。絶対に何があっても、あなたたちを守ってみせる」
「え?!」
天音が驚いて月夜を見た。その目には、信じられないという気持ちが浮かんでいる。
「断ろうとしても無駄よ、天音」月夜はどこか遠くを見るような目で虚空を見つめた。
「私たちに断る余地はないわ。美香さんが決めたことは、もう変えられない」
その表情は、すでに何度も同じような経験をしてきたことを物語っていた。
「え、で、でも!そんな、私たちはもう十分お世話になってしまって……」
天音が慌てて言葉を継ごうとする。
「あ、ただでとは言わないわよ?」
美香が少しいたずらっぽく微笑んだ。
「こっからは私から話させていただきますね」
千代が話に入ってきた。その表情は穏やかだが、どこか真剣さも含んでいる。
「単刀直入に言いますと、お二人にはうちのカフェで住み込みで働いてもらいます」
千代は丁寧に説明を続けた。
「そして、この前の騒動でうちの使用不可になったVIP用個室の修理代を稼いでもらいます。もちろん、無理のない範囲でね」
「そういうことよ」月夜が付け加えた。
「私は人前に出るのは苦手だけど、天音のメイド服姿を見られるなら安いものだわ。むしろ楽しみにしているくらいよ」
その目には、珍しく期待の光が宿っていた。
「お姉ちゃん……」
天音が困惑した表情で姉を見る。
「……あの店、メイド服なんてあったんですか?」
透が意外そうに尋ねた。
「ふふっ、この子たちのための特注よ」千代が得意げに答えた。「もう発注済みで、来週には届くはずよ。サイズもぴったり合わせてあるから、楽しみにしていてね」
「はぁ……」
透は呆れたように返事をした。
すでに話が進んでいることに、ただ驚くしかない。
「でも……」天音が不安そうに言葉を続けた。
「いつまた、皆さんに迷惑をかけてしまうか……組織のことが心配で……」
その声には、深い不安が滲んでいた。
「ああ、そのことなんですがね」透が真面目な表情で答えた。「おそらく問題ないと思いますよ」
「え?」
天音が驚いて透を見た。
「一昨日の夕方頃に、組織から私たちの戸籍謄本とか学校関係の書類がまとめて送られてきたの」
月夜が説明を引き継いだ。
「戸籍、住民票、学校の在籍証明書、成績証明書……必要な書類が全部、きちんと揃えられて届いていたわ」
「おそらく私たちのことは手放すつもりでしょうね」月夜が冷静に分析した。
「書類を送ってきたということは、もう追ってこないという意思表示だと考えられます」
透が続けて結論付けた
混乱する天音に、月夜が優しく補足する。
「組織にとって、もう私たちは用済みということよ。あるいは、これ以上関わるリスクの方が大きいと判断したのかもしれない」
「そ、そうなの?!本当に……もう追われることはないの?」
天音の声には、信じられないという驚きと、少しずつ芽生えてくる希望が入り混じっていた。
「ええ」月夜が頷いた。
「だから、もう心配しなくていいのよ、天音。これからは、普通?…まぁ以前よりは普通の生活が送れるわ」
その言葉に、天音の目にじわりと涙が浮かんだ。それは、ようやく訪れた安心と、これまでの緊張が解けていく安堵の涙だった。
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