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第五章 八話 悪夢の予兆

山深い道。

とあるの一行が、苔むした古い石段を登っていた。


周囲には深い静寂が満ちており、時折聞こえる鳥の声さえも、どこか不吉な響きを帯びているようだった。


先頭を歩くのは、左頬に大きく走る傷跡を持つ男、その表情は険しく、まるで何かに警戒するように、鋭い視線を前方に向けている。


その隣には、狐面を被った男は軽やかな足取りで歩いている。


「……本当にこれで抑えられるのかい?」


狐面の男は石段を登りながら、傷の男に問いかける。


「さあな。だが、他に方法はない」


短く答えた。


その目は鋭く前方を見据えたまま、決して隣を向かない。二人の間には、長年の付き合いから来る独特の空気が流れていた。


二人の後ろには、数人の部下が一人の女性をまるで囲むように、護衛するような隊形で歩いている。


その中心にいるのは、美しい紅色の着物をまとった銀髪の女性――


彼女の容姿は人目を引くほど美しいが、その表情は静かで、まるで能面のように一切の感情を見せない。

まるで人形のような冷たさを纏っている。


石段を登りきると、視界が開けた。


そこには例の石塔が、まるで天を貫くようにそびえ立っている。


古びた石造りの塔は、無数のひび割れが走り、表面には判読不能な古代文字のような文様が刻まれていた。近づくだけで、肌にまとわりつくような嫌な感覚がある。


「……ここですね」


女性が静かに、鈴の音のような澄んだ声で呟く。

その声には感情の起伏がなく、まるで機械的に事実を述べているかのようだった。


一行が立ち止まると、部下の一人が慎重に木箱を取り出した。その動作は丁寧で、まるで爆弾でも扱うかのような緊張感がある。


蓋を開けると、紅の布の上に二つの品が収められている。


石笛と起舞の扇。


どちらも古めかしく、しかし不思議な力を秘めているような雰囲気を放っていた。


「では、お願いします」


狐面の男が着物の女性に告げる。

その声には、普段の軽薄さが消えていた。


女性は無言で頷き、まず石笛を手に取った。白い指で丁寧に持ち上げ、薄ピンクの唇に当てる。


そして、静かに息を吹き込んだ。


――ヒュゥゥゥゥゥ……


低く、震えるような音色が山に響いた。まるで大地の底から響いてくるような、不気味な音だ。


次の瞬間、石塔の表面に刻まれた文様が赤黒く発光し始めた。


光は脈打つように明滅し、まるで生き物の心臓のように鼓動している。


大地が微かに震え、空気が歪んだ。周囲の木々の葉が、風もないのに激しく揺れ始める。


「来るぞ!」


野太い声が響く。部下たちは一斉に身構えた。


石塔の隙間から、黒い靄が噴き出した。


それは生き物のようにうねり、まるで意志を持っているかのように、一行に襲いかかる。空気が冷たくなり、まるで真冬の夜のような冷気が周囲を包んだ。


「……」


着物の女性はそれを静かに見据え、素早く扇を取り出し、一気に開いた。扇には複雑な文様が描かれており、それが淡く光を放つ。


彼女が扇を振るうと、扇から柔らかな金色の光が放たれた。その光は温かく、黒い靄とは対照的な清浄な空気を纏っている。


黒い靄は、まるで火を恐れる獣のように嫌がるように後退する――が、完全には消えない。


むしろ、抵抗するように激しく暴れ始めた。

靄は渦を巻き、まるで怒り狂っているかのように膨れ上がる。


「ちっ!」


傷の男の額に汗が浮かぶ。

彼の手が、腰に下げた武器に伸びる。


黒い靄は周囲の木々に襲いかかり、幹をへし折り、枝を引き裂いていく。バキバキと木が折れる音が山中に響き渡る。


その衝撃が石塔にも及び――


ゴォォォン……!


鈍い音とともに、石塔が崩れ落ちた。何百年も立ち続けていた封印の塔が、まるでもろい砂の城のように崩壊していく。


「まずい!」

焦りの色が混じった声がひびく。


封印が完全に破れた石塔から、さらに大量の黒い靄が噴出する。それはまるでダムが決壊したかのように、堰を切ったように溢れ出した。


靄は天に向かって渦を巻き、やがて一つの形を成していく。


人とも獣ともつかない、歪な影。


それは巨大なまるで悪夢が具現化したかのような姿だ。


その影は、低く唸るような声を上げた。


そして――山の麓へ向かって飛び去った。


「……これは、無理だね」


狐面の男が静かに呟き、諦めたような溜息をついた。


「だから言ったのに」


紅葉は着物の裾を翻し、二人の男を冷たく一瞥した。その瞳には、明確な軽蔑の色が浮かんでいる。


彼女は扇を閉じ、部下に預ける。


「私の役割は終わりました。あとはそちらで勝手に処理してください。」


そう言い残し、着物の女性は二人の部下を連れて山を下りていった。その背中には、明確な怒りが滲んでいた。


残された緒方と柊、そして三人の部下は、崩れた石塔と消えた黒い影を見つめる。


「……これぇ、まずいよ、『消す』どころか解放しちゃった。こんな失態10年ぶりくらいじゃない?」


柊が軽い口調で呟いたが、その声には珍しく緊張が滲んでいた。狐面の下の表情は見えないが、おそらく引きつっているだろう。


「余計なことを思い出させるな!……追うぞ」

短く告げ、部下たちに指示を飛ばす。

その声は怒りに震えていた。


「あの”ケガレ”がどこに向かったか、すぐに割り出せ。被害が出る前に『宿り主』を捕まえないとまずい。」


無線から慌ただしい声が返ってくる。


「この辺りで『宿り主』に選ばれるのは、僕を除けば3、4人程度だね。Hファイルの6番をみんなに共有して」


狐面の男が素早く端末に向かって言う。

委員会の一行は、急いで山を下り始めた。




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