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諦めた僕と諦めないお嬢様の話  作者:
第五章

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第五章 六話 双絶ディスカッション

八人は観覧車の乗り場に到着した。

夕暮れ時の空はオレンジ色に染まり始め、園内の照明が少しずつ灯り始めている。


遊び疲れた来園者たちが行き交う中、観覧車はゆっくりと回転を続けていた。


「わぁ、すごく高い……」

劉が観覧車を見上げて呟いた。

首を目一杯後ろに倒して、てっぺんを確認しようとしている。

「一周、どのくらいかかるんでしょう」

透が案内板に近づいて確認する。


「約30分、みたいですね」

「ここも4人乗りみたいだな」

京介が看板の図解を見ながら言った。

イラストには、ゴンドラの中で向かい合って座る人々が描かれている。


「じゃあ、四人ずつ分かれて乗りましょうか」

大和が周囲を見渡しながら提案した。

「そうね。それじゃあ……グッパで分かれましょう」

美香が少し考えるような仕草を見せてから言った。

「うわ、地域性の出るやつ」

京介が苦笑する。


「まず、掛け声で時間がかかりますね」

天音が困ったように笑った。


「ルーレットアプリがあるから、それにしよっか」

劉が提案し、ポケットからスマホを取り出す。画面を操作すると、カラフルな円盤が回転し始めた。


「では、月夜さん、美香さん、八田さん、天音さんで一組。私、杉原さん、透さん、大和さんで一組ですね」

静が結果を確認しながら告げた。

「なんか今日、僕、草薙と同じなの多いな」

京介が少し呆れたように呟く。

「あら、ご不満?」

美香がニヤリと笑って京介を見た。

「イイエ、別ニ」

余計な事は言うまいと京介は心の中で自分に言い聞かせた。


下手に何か言えば、また美香に茶化される。それだけは避けたい。

こうして、八人は二つのゴンドラに分かれて乗り込むことになった。


最初のゴンドラには、月夜、美香、京介、天音の四人が乗り込んだ。係員が安全バーを確認し、ドアが静かに閉まる。ゴンドラがゆっくりと上昇を始めた。


わずかな揺れとともに、足元から地面が離れていく感覚。

窓の外には、徐々に広がっていく園内の景色。


遠くには街並みが見え、空はオレンジからピンクへと色を変えていく。

ジェットコースターのレールが複雑に絡み合う様子や、メリーゴーラウンドの屋根が小さく見えてくる。


「綺麗ね……」

月夜が窓の外を見つめながら呟いた。その瞳に、夕焼けの色が映り込んでいる。

「本当だ。こうして見ると、園内全体が見渡せますね」


天音も景色を眺めている。普段の柔らかな表情で、窓に手をついて外を見つめていた。

しばらく四人は静かに景色を楽しんでいた。


ゴンドラは静かに上昇を続け、やがて頂上付近に差し掛かる。風が少し強くなったのか、ゴンドラがわずかに揺れた。

「わかってたけど結構高いな」

京介が少し緊張した様子で呟いた。


「あら?八田君、怖いなら、手を繋いであげましょうか?」

美香がニヤニヤしながら言った。その目には、いつもの悪戯っぽい光が宿っている。


「結構だ」

京介は素っ気なく答え、視線を外に向けた。

その時、美香がふと口を開いた。空気が少し変わった気がした。


「ねえ、月夜さん、天音さん」

いつもより真剣な声色だった。

「はい?」

天音が振り返った。その表情には、わずかな疑問が浮かんでいる。


「私たち、一緒に活動しない?」

美香の突然の言葉に、ゴンドラの空気が一瞬変わった。それまで和やかだった雰囲気が、一気に張り詰める。

「!」

京介も急な美香の提案に驚かされる。心の準備もなく、こんな話をするとは思わなかった。


「……」

月夜が静かに美香を見つめる。その表情は、驚きというより警戒に近い。

天音も、表情を変えずに美香の顔を見た。

いつものふわふわした雰囲気が、少しだけ引き締まったように見える。

「活動、ですか」


天音が静かに尋ねる。

その声には、慎重さが滲んでいた。


「そう。ヒーロー活動。余白探偵社をやってるの私たち、もっと仲間が欲しいと思ってて」

美香が真剣な表情で続けた。普段の軽い調子は消え、本気の眼差しで二人を見つめている。

「……お断りします」

月夜がはっきりと答えた。迷いのない、強い口調だった。


「やだ、一緒にしよ」

美香が少し困ったように笑う。だが、その笑顔の奥には、諦めきれない何かが見える。

「やだって……」

月夜は眉を顰める。美香の子供じみた言い方に、少し戸惑っているようだった。


「だって、きっと楽しいもの。それだけで十分……文化祭や遊園地を一緒に楽しんだ仲間でしょ、もう。探り合いなんていやよ」

美香の声には、率直な感情が込められていた。本心から、そう思っているのだろう。


「……」

月夜は黙って美香を見つめている。

「理由になっていません」

月夜の声は冷静だが、どこか悲しげにも聞こえた。


「どうしてそんな活動してるんですか?」

天音が静かに尋ねた。

その声には、興味というより、何かを確かめるような響きがあった。まるで、答えによって何かを判断しようとしているかのような。


美香は少し考えるように視線を落とした。窓の外では、夕日が沈みかけている。街の灯りが、一つ、また一つと増えていく。

「それは……」

美香が一瞬不安そうに隣の京介に目をやる。だが、すぐに正面の二人に向き直った。覚悟を決めたような表情だった。


「私、小さいころ──」

ふいに口をつぐみ、美香はわずかに視線を落とした。いつも堂々としている彼女の、珍しく遠くを見つめるような目。過去の記憶を手繰り寄せるような、そんな表情。


そして、どこか嬉しそうに微笑む。


「助けられたの。……本当に危ない場面で。具体的には覚えてないけど、“助けられた”って感覚だけが、胸の奥にずっと残ってる」

その声は、いつもの快活な調子とは違った。静かで、真摯で、どこか懐かしさを含んでいる。

言葉一つひとつを確かめるように、美香はゴンドラの手すりに手を添えたまま話す。

京介が少し驚いたように美香を見た。この話は以前京介も聞いたことがある。美香がヒーローを目指す理由。だが、こうして他人に語るのを聞くのは初めてだった。

(そういや、僕は4、5歳ごろに能力使えたみたいだけど、コイツはいつからなんだ?)

京介はふと場違いなことを考えるが、すぐに意識を戻す。今はそんなことを考えている場合ではない。


月夜と天音も、静かに耳を傾けている。二人とも、美香の言葉を一言も聞き逃すまいとしているようだった。

「具体的なことは、ほとんど覚えてない。ただ……誰かが助けてくれたっていう、その事実だけが心に残ってる」

美香が小さく笑った。自嘲するような、でもどこか温かい笑みだった。


「変でしょ? 記憶もないのに」

「いえ」

月夜が静かに首を振った。その表情は、わずかに柔らかくなっていた。

「……それで、ヒーローになろうと?」

天音が尋ねた。その声には、純粋な疑問が滲んでいる。


「うん。だから今度は、私が誰かを助ける側になりたい。理由なんて、それで十分でしょ?」

美香が顔を上げた。その目には、確かな決意が宿っている。揺るがない意志の光。


「そう。どんな小さなことでも、助けたいって思えるのがヒーローだよ」

美香が優しく笑った。その笑顔は、純粋で、まっすぐで、嘘がなかった。

その時——


「……綺麗事です」


天音が小さく呟いた。その声は、ゴンドラの中に冷たく響いた。


「え?」

美香が驚いて天音を見る。目を見開き、信じられないという表情だった。

天音は窓の外を見たまま、静かに続けた。

「助けられたから助ける、なんて。そんな単純な理由で、人は動けるんですか」

その声は冷たくはないが、どこか諦めたような響きがあった。


彼女の顔は今までのふわふわした少女とは全く違った。どこか追い詰められた、切羽詰まった表情。目の奥には、暗い何かが渦巻いている。


どっちかといえば月夜が言いそうな言葉だ。

月夜も天音の変貌に驚かされたのか、目を見開いている。


「天音……」


月夜が心配そうに声をかける。その声には、戸惑いと不安が混じっていた。

「現実は、そんなに優しくない。人は未知を、違いを恐れるもの。自分を守るために排除する」

天音がゆっくりと美香を見た。その瞳には、深い悲しみと、諦念が宿っていた。


「それでも、あなたは助け続けられますか? 拒絶されても、恐れられても、排除されても」

美香は少し驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔になった。天音の言葉の重さを、しっかりと受け止めようとしている。


「……わからない。正直、そこまで考えたことなかった」

美香が素直に認めた。

嘘をつかない、それが美香の流儀だった。


「でも」


美香が天音の目を真っ直ぐ見つめる。

「助けたいと思う気持ちが嘘じゃないなら、それを大事にしたい。綺麗事だって言われても、私はそう思う」

その声には、迷いがなかった。自分の信念を、しっかりと持っている強さがあった。


天音は静かに美香を見つめていた。その表情からは、何を考えているのか読み取れない。ただ、その瞳の奥で、何かが揺れ動いているような気がした。


「……そうですか」

天音が小さく呟いた。その声は、諦めとも納得ともつかない、複雑な響きを持っていた。

ゴンドラが頂上を過ぎ、ゆっくりと降下を始める。窓の外の景色が、少しずつ変わっていく。


———

ゴンドラが地上に近づいていく。

夕日はすっかり沈み、園内のイルミネーションが美しく輝き始めていた。色とりどりの光が、まるで宝石のように煌めいている。

二つ目のゴンドラでは、劉、透、静、大和の四人が乗っていた。こちらのゴンドラは、先ほどとは対照的に和やかな雰囲気に包まれている。

「わぁ、めっちゃ綺麗!」


劉が窓に顔を押し付けるようにして外を見ている。息で窓が少し曇るほどだ。

「杉原さん、危ないですよ」

静が心配そうに声をかけた。劉の肩に手を置いて、少し引き寄せる。

「大丈夫大丈夫! それより見てよ、あそこ!」

劉が指を差した方向には、園内のメインストリートが見える。イルミネーションが道を彩り、まるで光の川のようだ。人々が行き交う様子が、小さな光の粒のように見える。


「確かに綺麗ですね」

透が感心したように呟いた。

眼鏡越しに、キラキラと光る景色を眺めている。

「今日、本当に楽しかったね」

大和が満足そうに笑いながら言った。


「うん! ジェットコースター以外は!」

劉が強調する。思い出したのか、少し身震いした。

「杉原さん、結構怖がってましたもんね」

大和がくすくすと笑った。


「大和君はお化け屋敷が得意そうだったね。天音さんに褒められてデレデレしてたし」

劉がニヤニヤしながら言った。

「してませんよ!」

大和が慌てて否定する。顔が少し赤くなっている。

「へぇ、面白そうな話ですね。詳しく教えてください」

静は笑っているが、なにやら圧がある。紫のオーラを放っている気がする。その笑顔は、どこか怖い。

「い、いや、別に大したことじゃ……」

大和が冷や汗をかきながら言い訳を始めた。


四人はしばらく、今日あった出来事を振り返りながら談笑していた。笑い声が、ゴンドラの中に響く。楽しかった一日を、存分に噛み締めているようだった。

ゴンドラがゆっくりと降下を始める。四人は再び窓の外の景色を眺めた。


「あ、先のゴンドラが見える」

大和が指を差した。確かに、少し下に美香たちのゴンドラが見える。オレンジ色のゴンドラが、ゆっくりと回転している。


「みんな、何話してるんだろうね」

劉が首を傾げた。

「さあ? でも、楽しそうだといいですね」

透が優しく呟いた。

———

「ねえ、月夜さん」

美香が優しく尋ねた。先ほどの真剣な雰囲気から、少し柔らかい口調に戻っている。


「あなたは、どうして人を助けるの? さっき、えまちゃんを助けた時、すごく優しい顔してた」

月夜が少し驚いたように目を見開いた。


自分のことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。

「……私は」

月夜が言葉を探すように間を置く。どう説明すればいいのか、迷っているようだった。

「ただ……放っておけなかっただけです」

小さな声で、そう答えた。

「それも、立派な理由だよ」


美香が微笑んだ。

その笑顔は、温かく、優しかった。


「放っておけないって思えるのは、優しさだもん」

天音は何も答えなかったが、その横顔は少しだけ柔らかくなったように見えた。美香の言葉が、何か心に響いたのかもしれない。


月夜がずっと黙って二人のやり取りを見ていたが、ふと口を開いた。

「草薙さん」

「うん?」

美香が月夜を見た。


「ヒーローはお断りしますけど」

月夜が真剣な顔で言った。その表情には、拒絶だけでなく、何か別の感情も混じっていた。

「あなたの想いは、少しわかった気がします」

「月夜さん……」


美香が少し驚いたように目を見開いた。 

「でも、私達には私達のやるべきことがある。ヒーロー活動なんて慈善事業できるほど、私達は余裕ないの」

月夜が少し寂しそうに笑った。その笑みには、諦めと、何か言えない事情が滲んでいた。


「そっか」


美香が頷いた。無理強いはしない。それも、美香の優しさだった。


「でも、また困ってる人がいたら、一緒に助けてくれる?」

美香が希望を込めて尋ねた。


「……それは、相手が子供ならです」

月夜は目を逸らして答えた。素直になれない、そんな様子だった。

———

二つのゴンドラが地上に降り、八人は再び合流した。

係員がドアを開け、一人ずつ降りていく。足が地面につくと、わずかな安心感があった。

「どうだった?」

劉が美香に尋ねた。目をキラキラさせている。


「うん、すごく綺麗だったよ」

美香が笑顔で答えた。いつもの明るい表情に戻っている。

「そっちは?」

「俺たちも! 景色最高だった!」

劉が興奮気味に話す。両手を広げて、大きく表現していた。


天音は少し離れたところで、静かに夜空を見上げていた。その表情は、どこか物思いに沈んでいるようだった。


月夜がそっと天音の隣に立つ。何も言わず、ただそばにいる。

「天音」

「……お姉ちゃん」

弱々しく答える。いつもの柔らかな声とは違う、どこか疲れたような声だった。

「大丈夫?」

月夜が優しく尋ねた。心配そうに、天音の顔を覗き込む。

「大丈夫です。ごめんね、取り乱して」

天音が小さく笑った。無理に笑っているようにも見えた。


月夜は何も聞かず、ただ頭を撫でた。月夜の白い手が天音の栗色の髪にサラリと滑る。その仕草は、優しく、慈しむようだった。

「お姉ちゃん」

「何?」

「……ありがとう」

天音が小さく呟いた。


「どういたしまして」

月夜が優しく微笑んだ。姉として、妹を守る。それが月夜にできる役目だった。


「皆さん、そろそろ帰る時間ですよ」

透が時計を見ながら言った。もうかなり遅い時間になっている。


「そうだね。今日は本当に楽しかった」

美香が満足そうに言った。充実した一日だった。

「また来たいね!」

劉が元気よく言った。まだまだ遊び足りないという様子だ。

「ええ、ぜひまた」

静が頷いた。優しく微笑んでいる。


八人は連れ立って、遊園地の出口へと向かった。イルミネーションに照らされた道を、ゆっくりと歩いていく。

空にはすっかり星が瞬き始めていた。今日一日の思い出を胸に、八人の特別な時間は静かに幕を閉じようとしていた。


だが、天音の心の中には、美香の言葉がまだ響いていた。

「助けたいって思えるのがヒーローだよ」


——本当に、それだけでいいのだろうか。

天音は夜空を見上げながら、小さく息をついた。満天の星が、静かに瞬いている。

その答えは、まだ見つかっていない。

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