第五章 四話 狐ランチ
約一時間ほど、様々なアトラクションを楽しんだ八人は、そろそろお腹が空いてきた。劉もすっかり回復し、いつもの元気を取り戻している。
「そろそろお昼にしませんか?」
透が腕時計を見ながら提案した。時刻は既に十二時を回っている。
「賛成! お腹空いた!」
劉が真っ先に手を挙げた。絶叫マシンで消耗したエネルギーを補給したいのだろう。
「じゃあ、どこで食べる?」
美香がマップを覗き込む。
「『なんでも食堂』なんてどうですか? この遊園地で一番大きな食事処らしいですよ」
大和が指を差した場所には、確かに大きな建物のアイコンが描かれている。
「いいですね。メニューも豊富そうですし」
天音が賛同した。
「よし、決まりだね」
京介がそう言って、一行は食堂へと向かった。
『なんでも食堂』は園内の中心部に位置する、この遊園地で一番の食事処だった。
紺の屋根と木の壁が特徴的な、まるで御伽話に出てくるような和風建築だ。
入口には大きな看板があり、そこにはこの遊園地のイメージキャラクターである狐の「キッツー君」と「フォクちゃん」が描かれていた。
「わぁ、可愛い!」
天音が入口の看板を見て歓声を上げる。
キッツー君は元気いっぱいの男の子狐で、オレンジ色の毛並みに大きな尻尾が特徴的だ。
一方のフォクちゃんは、リボンをつけた女の子狐で、ふわふわの白い毛並みが愛らしい。
店内に入ると、広々とした空間に驚かされる。天井は高く、大きな窓からは自然光が差し込んでいた。テーブルは木製で、温かみのある雰囲気だ。平日よりは混んでいるものの、まだ席には余裕があった。
「八人掛けのテーブル、空いてますね」
透が奥の方を指差す。
窓際の良い席が一つ空いていた。
「ラッキー。あそこにしよう」
八人はそのテーブルに向かい、それぞれ席についた。最初に京介と美香が向かい合わせに座り、それに習い劉と天音、月夜と透、静と大和がそれぞれ向かい同士になった。
「さて、何を頼もうかな」
劉がメニューを手に取った瞬間、その表情がぱっと明るくなる。
「うわ、全部のメニューにキッツー君とフォクちゃんがついてる!」
確かに、メニューの写真を見ると、どの料理にもキャラクターの可愛らしい装飾が施されていた。ハンバーガーのバンズにはキッツー君の顔が焼印され、カレーのライスはフォクちゃんの形に盛り付けられている。
「これは写真撮らなきゃね」
美香がスマホを構えながら言った。
「じゃあ、みんな何にします?」
透が話を進める。
「僕、ハンバーガーにしようかな」
京介が「キッツー君のビッグバーガー」を指差した。ジューシーなパティが三段重ねになっている、ボリューム満点の一品だ。バンズの上にはキッツー君の顔が可愛らしく焼印されている。
「私はスパゲッティがいいな」
美香が選んだのは「フォクちゃんのトマトスパゲッティ」。真っ赤なトマトソースの上に、チーズで作られたフォクちゃんの顔が乗っている。
「俺はカレーだね。絶対これ!」
劉が指差したのは「キッツー君とフォックちゃん特製カレー」。ライスがキッツー君とフォックちゃんの頭の形に盛り付けられ、海苔で顔が作られている。その横にはミニサラダとスープがついた、充実のセットだ。
「私はハンバーグセットにします」
天音が声をはずませて言った。
「フォクちゃんのデミグラスハンバーグ」は、ふっくらとしたハンバーグの上にフォクちゃんの旗が立てられている。
「ここ、ほんとになんでもありますね…海鮮丼にしようかしら」
月夜が選んだのは「キッツー君の海鮮ちらし丼」。新鮮な刺身がたっぷりと乗り、中央にはキッツー君の形に詰められたイクラが飾られている。
「私は鰻重ですね」
透は迷わず「フォクちゃんの特上鰻重」を選んだ。香ばしく焼かれた鰻の上に、フォクちゃんの形をした人参の飾り切りが添えられている。
メニューの中で特に値段の張る一品だ
「僕たち、この大きめのピザをシェアしない?」
大和が静に提案した。
「いいね! この『キッツー君とフォクちゃんのダブルピザ』がいいかも」
静が指差したのは、二つの味が楽しめるハーフ&ハーフのピザだった。片方にはキッツー君の顔、もう片方にはフォクちゃんの顔がチーズとトッピングで描かれている。
「じゃあ、これで決まりですね」
透が手を挙げて、店員を呼んだ。
若い女性店員が笑顔で近づいてくる。
彼女の頭には狐の耳、制服には小さなキッツー君のワッペンがついていた。
「コンコン!ご注文どうぞ〜」
手を狐の形にして聞いてきてた。どうやら狐が営む食堂というコンセプトらしい。
透がてきぱきと八人分の注文をまとめて伝える。店員は丁寧にメモを取りながら、時折確認の質問を挟んだ。
「かしこまりました。お時間は二十分ほどいただきますコン。」
店員が注文を復唱し、厨房へと向かっていった。
去り際の語尾まで狐仕様だ。
「キャラ徹底してるな……」
京介が思わず呟き、みんな小さく笑う。
「二十分か。ちょうどいいね」
劉が席に深く座り直す。
「それにしても、全部可愛いですね」
静がメニューの写真を見ながら感心したように言った。
「キッツー君とフォクちゃん、この遊園地のオリジナルキャラクターなんですよね」
大和が話を広げる。
「そうらしいですね。確か二十年くらい前にできたんですよね、ここ」
透が答えた。
「へぇ、じゃあ結構歴史があるんだ」
美香が興味深そうに言う。
「グッズも色々あるみたいだし、後で見に行こうよ」
劉が再び目を輝かせた。
その時、隣のテーブルから子供の笑い声が聞こえてきた。見ると、小さな三つ編みの女の子が運ばれてきたキッツー君のカレーを見て、目を輝かせている。
「ママ、見て! キッツー君だ!」
「本当ね。可愛いわね」
母親も優しく微笑んでいた。
「ああいう反応、いいよね」
美香がその様子を見て、穏やかに笑った。
「純粋に喜んでるもんな」
京介も同意する。
「私たちも料理が来たら、あんな顔になるかもね」
美香がくすりと笑った。
待ち時間の間、八人は午前中に乗ったアトラクションの話で盛り上がった。特に劉のジェットコースターでの絶叫ぶりは、何度話しても笑いのネタになる。
「本当に杉原君、すごい声出してましたよね」
天音が思い出し笑いをする。
「もういいじゃん、その話は!」
劉が顔を赤くして抗議した。
「でも、ちゃんと最後まで乗ったのは偉かったよ」
京介がフォローする。
「……ありがと、京ちゃん」
劉が少し照れくさそうに笑った。
そんな会話を楽しんでいると、店員が大きなトレイを持ってやってきた。
「お待たせしました。キッツー君のビッグバーガーですコン」
最初に運ばれてきたのは京介の注文したハンバーガーだった。バンズの上には確かにキッツー君の可愛らしい顔が焼印されている。ボリューム満点で、見るからに美味しそうだ。
「おお、すごい」
京介が感嘆の声を上げた。
続いて次々と料理が運ばれてくる。美香のスパゲッティ、劉のカレー、天音のハンバーグセット、月夜の海鮮丼、透の鰻重、そして最後に静と大和のピザ。
テーブルの上が一気に華やかになった。どの料理も、キッツー君とフォクちゃんが可愛らしく飾られていて、食べるのがもったいないほどだ。
「わぁ、本当に可愛い!」
静が目を輝かせた。
「写真撮ろう、写真!」
劉がスマホを取り出す。
「じゃあ、全員の料理を一緒に撮りませんか?」
天音が提案した。
「いいですね。少し席を詰めましょう」
透が自分の皿を動かす。
八人は料理を中央に寄せ、全員が写るように配置した。カラフルで可愛らしい料理が並ぶ様子は、まさにインスタ映えする光景だ。
「じゃあ、撮りますよ。せーの!」
天音がスマホを高く掲げた。
「キッツー!」
全員で声を揃えて言った瞬間、シャッター音が響いた。
「よし、いい写真撮れた!」
劉が満足そうに画面を確認する。
「私にも送ってくださいね」
「僕も欲しいです」
あちこちから声が上がった。
「はいはい、後でグループに送るよ」
劉が笑いながら答える。
「それじゃあ、いただきましょうか」
透が言った。
「いただきます!」
八人が声を揃えて手を合わせた。




