第五章 一話 トリックスター
「着いたー」
美香は長時間座ってカチカチになった体をグイッと天に伸ばして柔軟をしている。
伸ばし過ぎたのか伸びの途中で小さく「あ、いた…」と呟く。
「結構距離あったね」
隣で劉が水色のショルダーバッグを肩にかけ直している。
今日は絶好の秋晴れ、秋の過ごしやすい日差しが駐車場のアスファルトを照らし、遠くには遊園地のカラフルな観覧車が見えていた。
「真上さん運転ありがとうございます」
「ありがとうございました」
静と大和が長距離運転手をした透に労いの言葉をかける。二人とも礼儀正しく頭を下げた
「いえいえ」
「京ちゃんついたよ、おきて」
後部座席では京介がスヤスヤと寝息を立てている。劉が外から窓越しに声をかけるが——
「...」
微動だにしない。
「起きませんね」
京介の寝顔を覗き込み呆れたように月夜がつぶやいた。
「杉原君、あれ、やるわよ」
「さーえっさー」
美香と劉が顔を見合わせてニヤリと笑った。
「あれ?」
月夜と天音が首を傾げる
すると二人おもむろに拡声器と小さなラッパを取り出す。
「美香さん、杉原君、今どうやってだしました?」
「いったい、どこにどうやってしまっていたのよ」
月夜と天音が驚きの声を上げる。
しかし、二人は意に介さず、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、息を大きく吸い込んだ。
「プーーー!」
「きょーちゃーーん!!」
けたたましい音と声が駐車場に響き渡る。
「うわぁっ!?」
京介が勢いよく飛び起きる。
髪は寝癖全開、目も半開きで状況が理解できていない。
ぼんやりとした表情で周囲を見回している。
「あはは、楽しそうですね」
大和が肩を揺らして笑い、静も小さく口元に手を当てる。
「まったく、中学生の方が落ち着いていていますよ」
透は呆れたように頭を抑えたが、口元はどこか緩んでいた。
京介は三連休を利用し透の運転するレンタカーに乗り遊園地に来ている。
なぜこうなったかというと、文化祭の片付けの日に起こった事件を巡って京介と美香が天音の冤罪を晴らし劉と月夜、杏奈の待つ教室に戻った頃に遡る。
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ガララ——。
「お、京ちゃん! 草薙さん、おかえり!」
教室の扉が開くと、劉と月夜が向かい合って座っていた。劉はやたら上機嫌で、張り付けたような笑顔をしている。
対照的に月夜はこめかみを押さえ、忌々しげな表情を浮かべていた。
「……あら?」
隣を見ると、美香の顔色が一瞬で悪くなった。
その変化に京介が反応する。
「どうした?」
京介が小声で問うと、美香がひそひそと答えた。
「なんか、二人の感情が……ゴチャゴチャで...うっ頭が痛い」
その言葉は、美香の能力の副作用を示唆していた。
「で、二人とも今まで何してたの?」
珍しく劉が食い気味に口を開く。
その勢いに、京介は一瞬言葉に詰まった。
「あ、ああ。学長室に行ってて——」
「学長室!? すごいね!どんな話してたの!?」
「圧が強いよ劉……。えっと、結論から言うと、天音さんの容疑は晴らせた」
その言葉に、劉は両手を突き上げた。
歓喜の表現だ。
「やった! よかった〜!」
一方で、月夜は深々とため息をついた。
「……テンションの落差で、耳が本当に痛い」
その言葉はほぼ事実に近かった。
「どうしたの、二人とも。さっきから情緒がおかしいわよ?」
あの美香ですら、少し引き気味だ。
劉がにこにこしながら宣言した。
「今度、月夜さんと天音さんたちと一緒に遊びに行けるよ!」
「「……は?」」
教室の空気が、一瞬で固まった。
夕陽の差す窓際で、劉だけが楽しげに笑っていた。
そこに杏奈がそろそろと近づく。
「あー、お二人さん、お疲れ様」
気まずさを纏いながらも、笑顔を作っている。
「あ、石城先輩、これってどういう……」
「う、うん。『公平』になるために、あーしが説明するね」
「えっとあれは、二人が出ていてお願いされてた情報をまとめ終わった後のこと---」
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月夜は石城のスマホを受け取り、撮影した書類の写真を確認していた。
「折り目、印影の角度……ふむ。次はこれを……」
「こんなものですかね、石城さんスマホ、ありがとうございます」
「はいよー」
一方、劉は床の車輪跡を一生懸命撮影している。
「こっちは終わったよー!」
杏奈がぽつりと呟く。
「二人とも結構、真面目なんだねぇ」
「当たり前です」
月夜が冷たく返す。
「あとは二人の帰りを待つだけだねー」
「いったいどこに行ったんでしょうね」
「ふふ、もしかしたら二人で問題解決して帰ってきてくれるかもね」
「だとしたら、超胸熱じゃん」
「さすがにないでしょう、こんな短時間で解決出来るとは思えません」
「えー、そこまで言うならかけようよ」
「かける?」
月夜が怪訝そうに眉をひそめた。
「うん!俺は京ちゃんたちが解決して帰ってくるにかける、月夜さんは二人はただの調査をしに行ったにかけて」
「わかりませんね、何の意味があるんでしょう」
月夜の声には呆れの色が滲み出ていた
「賭けに負けた方は相手のお願いを聞くってのはどう?」
「やん!スギッチ大胆!」
石城は何かを勘違いした目を輝かせて二人を見ている。
「お願いを聞く、ですか、どのレベルまでですか?」
「危険なのとかいじめみたいな変なのは無し! 俺は遊園地行こうって言うつもり!」
「なるほど、それでしたらちょうど良いものがあります、」
「お、なになに?」
「皆さんこちらに首をつっこまないでください」
「こちら?」
劉がわざとらしく首を傾げる。
「あなた、わかってやっているでしょう、分厚い猫を被るのもほどほどになされては?」
月夜の声が低くなった。鋭い視線が劉に向けられる。
劉が軽く笑って返した。その笑顔は先ほどまでの無邪気さとは違う、どこか計算されたものだった。
「お互い様でしょ」
そして——賭けは静かに成立した。
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「って具合、後半はあーしにゃよくわからんかったよ。なんか二人の会話、暗号みたいだったし」
「あ、あはは、なるほど」
美香は苦笑いをした、何となく事情は察せたが、口には出さなかった。
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そんなこんなで、劉と月夜の賭けにより遊びに行くことになった高校生たち。
さらには中学生と大人まで巻き込んでの大所帯となった。
「ここ、一度来てみたかったんだよね。この前、樹君が貸してくれた狐のぬいぐるみ、ここのなんだよね?」
静が嬉しそうに話しかける。
「ああ、ここのイメージキャラだよ。名前は……忘れたけど」
大和があっさりと答えた。
「えーそこ忘れちゃうんですかぁ?」
静が呆れたように突っ込む。
「静、うるさい、カタカナで長かったんだよ。覚えられないって」
大和が言い訳がましく答えた。
さて、なぜ中学生の大和と静、さらには大人の透までいるのかというと——。
ーーー
場所は余白探偵社の事務所に移る。
「ってことで、杉原君の計らいにより、今度みんなで遊園地に行くことになりました」
美香が事務所に集まった面々に事情を説明する。
「話が急カーブしましたね」
大和が冷静に指摘した。
「起舞の扇子が紛失して大騒ぎになったって聞きましたけど、一旦落ち着いたんですか?」
静が心配そうに尋ねる。
中学生たちに事の顛末を話すと、案の定といった反応をされた。皆、目を丸くしている。
「天音さんには会ってないけど、学長からの声かけで解放されたみたい。月夜さんからLINEが来たわ」
美香がスマホを見せながら説明する。
「謎の組織の構成員とLINE交換してる!」
大和が驚いて声を上げた。
「厳密には八田君と交換してるのよ、このスケコマシ」
美香が意地悪く笑う。
純粋な中学生たちに余計なことを吹き込もうとしている美香に、少し離れたところで透や劉と話していた京介が気づいた。
「スケコマシってなんだよ。クラスLINEから追加されたんだよ、向こうからな」
京介が慌てて弁明する。
「ス・ケ・コ・マ・シ」
美香が繰り返す。わざとらしく、ゆっくりと。
「だからなんでだよ!」
「もー、二人とも夫婦漫才はいいから、本題に行こうよ」
そう言いながら、劉が京介の背中にドシっと乗っかる。重い。
「夫婦じゃねえ!」
京介が必死に否定する。
「……」
美香は何も言わない。
「草薙もなんか言えよ!」
京介が助けを求めるように美香を見る。
「えっと、大和君と静ちゃんも一緒に行かない? 遊園地」
美香が話題を変えるように提案した。
「え、自分たちもいいんですか?」
大和が驚いて聞き返す。
「うん、大勢の方が楽しいしね」
「運転手は透さんに頼めばいいしね」
美香が当然のように付け加えた。
「はい?」
聞き捨てならないと、透が聞き返す。
「透さんが! 運転手! してくれるしね!」
美香が透の声をかき消すように大声で宣言した。
「何も聞いてませんけど!」
この問答が10分ほど続いた。最終的に、透が根負けした形となった。
美香の押しの強さに、さすがの透も抗えなかったようだ。
「はぁ……わかりました。八人乗れるレンタカーを借れておきます」
(親父に特別料金出させよ)
透が諦めたように、しかし少し笑みを浮かべながら答えた。
こうして、思いがけない遊園地行きが決まったのだった。




