四部 一八話 完結?ミステリー!
学長室を出ると、重厚な扉が静かに音を立てて閉じた。
二人はしばらく無言のまま歩き続け、階段を下りたところでようやく足を止める。その瞬間、同時に深く息を吐いた。
「「ふー……」」
顔を見合わせると、互いに緊張が解けたことを確認できた。
「これで、ひとまず丸く収まるだろ」
京介の言葉は確信めいていた。
「ええ、八田君が理屈っぽくて本当に助かったわ」
美香が続く。
「るっさい。お前が一人で突っ走りすぎなんだよ」
言い訳めいた口調だが、その目は真摯だった。美香はふっと笑みを浮かべる。
「優しいのね、八田君」
「優しい? 僕が?」
京介は眉をひそめた。その反応がおかしいのか、美香は静かに続ける。
「ええ。あのまま黙っていれば、先輩は退学になっていたかもしれない。でも、あなたは嘘でも『守るためだった』って庇った。それは、立派なヒーロー行動よ」
その言葉に、京介は視線を逸らした。
「……勘弁してくれ」
「え?」
「僕はただ……」
一呼吸置く。その間に、彼の表情は微かに柔らかくなった。
「ただ、『大事なものを持っていたい』っていう、その気持ちが……ちょっと、気になっただけだ」
「それを優しさって言うのよ」
美香は軽く笑って前を向いた。だが、その笑みはすぐに消える。表情が引き締まり、声に緊張が混じる。
「——でも、事件はまだ終わってない」
京介も気づいた。彼女の声に含まれる、わずかな警告音。
「本物の扇子をすり替えた『誰か』は、今この瞬間も自由の身。しかも、天音さんを犯人に仕立てようとしていた。その意図は何なのか、その真意は……」
「能力管理委員会、ってやつか」
「おそらくね。でも、ここが重要なの。向こうは『内部の情報を知っていた』貸出台帳の改ざん、展示ケースの構造、監視カメラの死角——これらはすべて外部の人間には不可能よ」
京介は立ち止まり、眉をひそめた。思考が深まる。
「結局、ふりだしか……」
この言葉は投げやりではなく、むしろ覚悟を決めたような響きを持っていた。
「そう。ここからが本番」
美香はまっすぐに彼を見上げた。その瞳には決意が宿っている。
「本物の扇子を取り戻して、真犯人を見つける。それが、『余白探偵社』の仕事でしょ?」
「……また勝手に決めてんな」
「決めてないわ。予告しただけ」
軽口を交わしながらも、二人の間には張り詰めた空気が残っていた。それは不安ではなく、使命感に近いものだ。京介はふと振り返る。
学長室の奥で俯く真澄の姿が脳裏に浮かぶ。嘘で塗り固められ、犯人扱いされた天音の顔も。
「……二人とも、本当にただの被害者だ」
小さく呟く彼の声は、しかし確実に美香に届いた。
「そうよ。みんな一緒に文化祭を楽しんでただけの、生徒たちよ」
美香の声が、静かに重なった。その言葉に共感と同情がこもっている。
その言葉を合図に、二人は歩き出した。
教室で証拠整理を続けている月夜と劉に報告しなければならない。天音の件は学長が処理してくれるはずだが、今後の対応について相談する必要がある。
沈みかけた夕陽が廊下を赤く染め、長い影が二本、並んで壁に伸びていった。
ガララ——。
「お、京ちゃん! 草薙さん、おかえり!」
教室の扉が開くと、劉と月夜が向かい合って座っていた。劉はやたら上機嫌で、張り付けたような笑顔をしている。
対照的に月夜はこめかみを押さえ、忌々しげな表情を浮かべていた。
「……あら?」
隣を見ると、美香の顔色が一瞬で悪くなった。
その変化に京介が反応する。
「どうした?」
京介が小声で問うと、美香がひそひそと答えた。
「なんか、二人の感情が……ゴチャゴチャで...うっ頭が痛い」
その言葉は、美香の能力の副作用を示唆していた。
「で、二人とも今まで何してたの?」
珍しく劉が食い気味に口を開く。
その勢いに、京介は一瞬言葉に詰まった。
「あ、ああ。学長室に行ってて——」
「学長室!? すごいね!どんな話してたの!?」
「圧が強いよ劉……。えっと、結論から言うと、天音さんの容疑は晴らせた」
その言葉に、劉は両手を突き上げた。歓喜の表現だ。
「やった! よかった〜!」
一方で、月夜は深々とため息をついた。
「……テンションの落差で、耳が本当に痛い」
その言葉はほぼ事実に近かった。
「どうしたの、二人とも。さっきから情緒がおかしいわよ?」
あの美香ですら、少し引き気味だ。
劉がにこにこしながら宣言した。
「今度、月夜さんと天音さんたちと一緒に遊びに行けるよ!」
「「……は?」」
教室の空気が、一瞬で固まった。
夕陽の差す窓際で、劉だけが楽しげに笑っていた。
この話をもって第四部が完結となります。
次回からは第五部「物部姉妹編」をお届けします。
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また、少しリアルが忙しいため1週間ほど休載いたします。




