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四部 十七話 遂行ミステリー! 下1

「まずはここよ」

美香に案内されて、京介がたどり着いたのは本校一階の奥まった廊下の突き当たりだった。他の教室とは明らかに異なる重厚な木製の扉。

深い焦げ茶色の扉には両端に金色の金具が光り、館の門のような威圧感を放っている。


京介は扉の上の札を見上げた。

「……学長室?」

「ええ。学長を通せば話が早いからね」

美香は平然と言う。

「八田君、礼儀正しくね」

「ちょ、ちょっと待てよ! まず犯人とか、これからの段取りを――」

京介の言葉が終わる前に、美香はすでにノックしていた。

コンコンコン。

「はい、どうぞ」

中から年配の男性の落ち着いた声。

美香は迷いなく扉を押し開く。ギィィ——。

「失礼します。二年二組、草薙美香です」

「おや、草薙さん。珍しいですね」


部屋の奥から柔和な声が響いた。

京介が恐る恐る後ろから覗き込むと、そこは外国の洋館を思わせる空間だった。

濃い赤の絨毯、壁には重厚な額縁の絵画。大きな窓から差す午後の光がカーテン越に広がり、室内を金色に染めている。


中央の机には白髪の老紳士が座っていた。茶色のスーツを纏い、細身ながら背筋を伸ばすその姿は、威圧よりも気品を漂わせている。学長——野原隆徳。

「実は、扇子紛失事件について、お話が――」

美香が口を開けかけたその時。


「学長、お時間を無駄にさせないでください」

低く鋭い声が横から割り込んだ。視線を向けると、机の脇に立つ女性がいた——野原真澄。

眉間には深い皺が寄り、腕を組んで二人を睨んでいる。


「もう犯人は分かっているんです。布都天音。証拠も揃っています」

「真澄先輩」

美香は一歩も引かずに微笑んだ。


「……その『証拠』こそが、問題なんです」

その静かな一言が、空気を一変させた。

「どういう意味だい?」

隆徳が眼鏡の奥から鋭い視線を向ける。


「学長、今回の扇子紛失事件は外部犯による計画的な犯行です。早急に警察へ通報することをお勧めします」

「外部犯? 君、何を言って——」

真澄が口を挟もうとする。

「当日の貸出台帳を確認しました」

美香は真澄を一瞥してから続けた。

「印の色、紙の質——微妙に違っていました」

室内に静寂が落ちた。


「……それは、どういう意味かね」

隆徳の声が低くなる。

「誰かが書類をすり替えた可能性があります。それだけではありません。現場に残された名札——あれも犯人が”ある学生を犯人に仕立てるため”に仕込んだものです」

「そんな馬鹿な!」

真澄の声が部屋に響いた。だが次の瞬間、彼女は冷静さを取り戻そうと深呼吸する。

「この文化祭は市の威信をかけて行われている。そんな重要な書類が簡単にすり替えられるはずがないわ。それは搬入を手伝った生徒たちのミスでしょう」

「普通なら、そう考えます」


美香は真澄の目を真っ直ぐ見つめた。

「でも——もし『本物の扇子』が学園に届く前に入れ替わっていたとしたら?」

真澄の顔色が変わった。ほんの一瞬、視線が泳ぐ。

「……入れ替わっていた、と?」

隆徳が身を乗り出す。


「私が考える筋書きはこうです」

美香は淡々と続けた。


「扇子は資料館から学園へ届くまでのどこかで偽物とすり替えられた。つまり、学園に届いた時点で、すでに偽物だった」

「待ちなさい、草薙さん」

隆徳が手を上げる。


「仮に扇子が偽物だったとして、なぜ二日目に『紛失』したんだね? 偽物ならそのまま展示しておけばいいはずだ」

「それは——ある人物が、展示されているのが偽物だと気づいてしまったからです」

「……誰が?」

真澄の声が震えた。

「鍵を持っていた人です」

美香は真澄を見据える。


「真澄先輩、扇子を展示していたケースの鍵は、常にあなたが管理していましたよね」

「ええ、そうよ。だから誰も勝手に開けることなんて——」

「そう。誰も開けられない」

美香の声が静かに響く。


「あなた以外は」



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