四部 十七話 遂行ミステリー! 中
「で、どこに行くんだ」
京介が問いかけると、美香は振り返りざまに挑戦的な笑みを浮かべた。
夕焼けの光がその横顔を照らし、まるで何かを企んでいるかのように瞳がきらりと光る。
「ふふ、犯人のところ♪」
「……はぁ?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
耳に届いた言葉の意味を脳が処理した瞬間、京介は顔をしかめる。
「犯人、もうわかってんのかよ!」
「しーっ」
美香が人差し指を唇に当てる。
「まだ教室からそんなに離れてないんだから」
慌てて口を押さえる京介。
反射的に廊下を見回すと、ちょうど向こうの階段から生徒の笑い声が響いてきた。
彼女の言葉通り、まだ人の気配がある。
「……なんで黙ってたんだよ」
ぼそっと呟くと、美香はちらりと京介を見た。
「八田君、私の能力、覚えてる?」
「能力? ……あぁ」
京介は思い出したように頭をかいた。
「私の能力は“感情がトリガー”。つまり、他人の感情の揺れにものすごく敏感なのよ」
美香は歩きながら淡々と言う。
階段の窓から差し込む光が彼女の髪を透かし、オレンジ色の輪郭を描いていた。
「あー……なるほど。能力関係なら、月夜や石城さんの前じゃ話せねぇもんな」
「でしょ?」
美香はメモ帳をぱたんと閉じ、軽く肩をすくめた。
「だから杉原君には月夜さんの見張りをお願いしたの」
「お前……いつの間にそんな段取りしてたんだよ」
「話し合いの段階で、だいたい察してたの。教室の空気が、少しだけ“濁ってた”から」
彼女は一呼吸おいて、ほんの少し不満げに息をつく。
「……杉原君はすぐ気づいてくれたのに、八田君ったら」
「し、しかたねぇだろ。お前、普段ほとんど能力使わねぇじゃんか」
「あら」
美香が振り返り、にやりと口角を上げる。
「文化祭の時、あなたがかなり楽しんでたの、ちゃんと感じてたわよ?」
「なっ!」
京介は思わず声を上げた。
耳の奥が一瞬で熱くなる。
「それに――」
美香は唇の端を上げ、さらに追い打ちをかけるように囁いた。
「お望みなら、あの時みたいにパルクールしてあげてもいいのよ?」
あの時のことを思い出す。あの夕暮れの屋上で、彼女が見せた身軽すぎる動き
「勘弁してくれ」
即答だった。あの命がけのアトラクションは、もう二度とごめんだ。
美香はくすくすと笑う。
「ふふ」
「……何笑ってんだよ」
「いいの、思い出しただけ」
「そうか、何もいうな」
「それにね」
「おい」
わざとらしく首を傾げながら、彼女は続けた。
「あー、そういえば文化祭のとき、ちょっと“面白い感情”を向けてきてたわね」
「な、なんだよそれ!」
「内緒♡」
美香が人差し指を口元に当て、わざと軽い声で言う。
それはわざと挑発しているとしか思えない。
案の定、京介の顔はみるみるうちに茹だったように赤くなっていった。
「悪かった!能力忘れた僕が悪かったから!ほら、早く犯人のところに行くぞ!」
京介は耳まで真っ赤にしながら、早足で廊下を進む。
足音がカツカツと鳴り響く。
思い切り歩幅を広げても、横を見れば美香はまるで風のような足取りで並走してくる。
その涼しい顔が腹立たしいほど落ち着いていた。
(コイツ……絶対わざとだ)
京介は内心で舌打ちする。
「八田君」
「……なんだよ」
「道、逆よ」
「……」
京介はゆっくり足を止め、肩を落とす。
背後でくすりと笑う美香の声が、やけに楽しそうに響いた。




