四部 十七話 遂行ミステリー! 上2
「じゃあ、まずはその名札の持ち主を突き止める――」
美香が言いかけた瞬間、石城が手をあげて静かに首を振った。
「ちょっと待って。これ、わざとっぽいんだよね」
美香が目を細め、京介は黙って石城の差し出したスマホを見つめ直す。
画面には、名札の粘着跡とその周辺の拡大画像。
石城が指をさす。
「ここ。接着剤の塊、二重になってたの。いったん剥がして、別の紙に貼り直した跡だよ。
学園のイベント用名札なら、そんなことしたら跡が残るはずがない」
「貼り直された……?」美香が小さく呟く。
「つまり、後から誰かがくっつけたの。犯人を“学生”に見せかけるためのトリックだね〜」
石城の声は淡々としていたが、言葉に確信がこもっていた。
「名札を証拠にするなら、もっと自然な擦れ方をするはずよね」
美香が続ける。「わざと半分だけ見せて、“誰々の名札があった”って噂を流すつもり。狙いは、学生に責任を押し付けること」
京介は思案顔で貸出台帳を見つめた。
朱印の二重押し、封筒に挟まれたメモ、そして名札の痕。
それらが組み合わされば、たしかに“学生が盗んだ”筋書きは作れる。
だが――「じゃあ、誰が得をする?」
三人は顔を見合わせた。
そして視点を変え、封筒そのものを調べ始める。
紙質、折り目、封の仕方、付着した微かな汚れ……。
「ここ、黒い擦り傷があります」
劉が拡大した画面を見せた。
傷の向きは、封筒が台車の端に押し付けられた時にできるものだ。
「台車ですか……」月夜が低く呟く。
「文化祭当日は人が多かったから、重いものは台車で運ぶのが普通。だけど、わざわざ名札を貼るなんて、学生を関与したように見せるためね」
「監視カメラは偽造されてる。名札は仕掛け。
じゃあ、本当に問題なのは――“誰が台車を動かしたか”だ」
劉が封筒の角に貼られた小さなラベルをそっとめくる。
その裏に印刷された短いコードと、かすかなインク跡があった。
インクの色は、黒ではなく灰がかった青。
学園の公式印で使うインクとは明らかに違う。
「印の押し方、インクの色、台車の痕跡……。
これらが揃えば、“学生を犯人に仕立てる”意図が浮かび上がる。
目的は、外へ責任を逸らすか、内部の誰かを守ること」
美香の声は静かだが、鋭かった。
三人は短く頷き合い、次の行動を決めた。
――名札の持ち主を追うのは時間の無駄。
今は、物理的な動線を辿ることが先だ。
「まずは資料館の搬入口ね」
美香が言う。
搬入口は職員通用口のすぐ隣で、監視の目が薄い場所だ。
「監視カメラが改ざんされてるなら、他の痕跡が残ってるはずです。床の擦れ跡、壁の汚れ、車輪の跡……」月夜が言った。
美香はリュックからメモ帳を取り出した。
「月夜さんは、書類の折り目と印の押し方を詳しく記録して。
杉原君は床と車輪跡の写真を。……八田君は、私についてきて」
京介は無言で頷く。
「わかった、任せて」
「承知しました。石城さん、少々スマホをお借りします」
「はいよー」
「石城先輩、情報ありがとうございました!」
「うん。天音ちゃんの潔白、ちゃんと証明してあげてね。あ、あとマッスー、今めっちゃピリピリしてるから気をつけて」
「は、はい……」
――マッスーとは、おそらく野原真澄のことだろう。
あの厳しそうな野原をあだ名で呼ぶ度胸といい、情報の確かさといい……
この人、いったい何者なんだ。
夕方の廊下に出ると、窓から射す光が長い影を落としていた。
「で、どこに行くんだ」
京介が問うと、美香は挑戦的な笑みを浮かべる。
「ふふ、犯人のところ♪」
「……はぁ?」




