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四部 十四話 姉妹の文化祭

それは文化祭2日目、演劇中の出来事

「はぁ……流石に疲れたわ」

月夜は校舎裏の木陰で、ベンチにもたれて小さく息を吐いた。


朝から続いた出店の手伝い、扇子展示の警備。

ようやくまとまった休憩時間が取れたのは、午後も半ばを過ぎた頃だった。


遠くからスピーカー越しに響く音楽と歓声が聞こえる。今は文化祭の目玉――早乙女女子学園による演劇『カエルの王子様』の上演中だ。

この時間帯は人がごっそりとそちらへ流れるため、校庭も廊下も嘘みたいに静かになる。

秋風が木々を揺らし、葉の擦れる音だけが耳に残った。


「お姉ちゃん、み〜っけ!」


突然背後から明るい声。

月夜が振り返ると、天音が笑顔で駆け寄ってきた。

「天音……今は”お姉ちゃん”はやめてって言ったでしょ」

「いいじゃん、同じ文化祭実行委員同士の”見回り”ってことで! それに、たぶんもうバレてるよ? あの人たち、私たちのこと」

「……そりゃあ、同じ苗字の転校生が、同じ時期に別々の学校へ来たらね」

月夜はどこか遠くを見ながら呟いた。


「しかも合同文化祭なんて、いたずら好きの神様もいたもんだよねー」

「ほんと、はた迷惑な神様だわ」

月夜は小さく肩をすくめると、ふと天音の顔を見てから言った。


「それより、演劇はいいの? あんなにキャッキャと草薙美香に媚びてたくせに」

「もー! 意地悪な言い方しないでよ!」

天音はぷくっと頬を膨らませる。


「見に行くつもりだったんだけど、クラスの出し物の手伝いで間に合わなかったの! ほら、クレープ作りのとこ!」

「あら、クレープ屋さんだったのね。……あなた、お菓子作りなんてできたの?」

「ふふん、それができちゃうんだな〜これが」


得意げに笑うと、天音はリュックの中をごそごそと探り始めた。数秒後、透明パックに入った二つのクレープを取り出し、片方を月夜の前に差し出す。

「はい、お姉ちゃんにはイチゴクレープね。できたてを特別に確保しといたんだから!」

「ありがと……」

月夜は少し呆れたように笑って、包装を開く。甘い香りがふわりと広がり、バターと苺の香りが混ざり合う。一口かじると、イチゴの甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。思わず目を細める。


「……うん、美味しい」

「でしょ? なんたって、専門店の人に教えてもらったからね!」

天音は胸を張りながら、自分のベリーピスタチオクレープをぱくりと頬張った。

「ふふ、あなたにしては上出来ね」

「失礼な! 私だってやるときはやるの!」

二人の笑い声が、木陰の静けさの中に溶けていった。遠くでは、演劇のクライマックスを知らせる拍手がわっと湧き起こる。それを聞きながら月夜は、そっと空を仰いだ。


眩しい光の向こうで、姉妹として同じ空を見上げる時間が――今だけは、穏やかに感じられた。

「あなた、これから予定あるの?」

「んむー、また美香さんに絡みに行こうかなー。その後、扇子を見に行こうかな、警備の時は見れなかったし」

天音は口いっぱいにクレープを頬張りながら答える。

「あら、頑張ってね。私、あの人苦手だから」

「もー、お姉ちゃんって社交性ないよねー。八田京介のほうがあるんじゃない?」

「心外だわ」

「あの人、ちょっと話したけど面白かったよ。ちょっと興味出た」

「お姉ちゃんは許しませんよ」

「そーゆー意味じゃないってば!」

「じゃあ、あーゆー意味?」

「そ!」

天音はにっこり笑う。

月夜は小さく溜息をついた。

「……でも、今はわざわざ行かなくていいんじゃない?」

「え?」

「あの人たちが向かう場所なんて、だいたい想像つくもの。この人混みの中で探しに行くほうが不自然よ」

「まぁ、たしかに」

「じゃあ、しばらくはここでのんびりしてようかな。えいっ!」

そう言うと天音は月夜の膝に頭を乗せた。

「キャッ、ちょっと天音!」

「えへへ、いーじゃん」

「まったく、人に見られないようにね」

「だいじょーぶ、ちゃんと”聞いて”るから」

「仕方ない子ね」

そう苦言を呈しながらも、月夜は天音の頭を優しく撫でる。

木陰の静けさの中、姉妹だけの穏やかな時間が流れていった。

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