四部 一四話 レッツ文化祭! 下
夜 — 後夜祭
校庭の提灯が揺れ、焼きそばの匂いと笑い声が漂う。
軽音部のアンコール演奏が始まると同時に、歓声が爆発した。カラフルな照明が校舎を染め、人の波がうねる。
「わぁ……すごい熱気!」
美香は目を輝かせ、迷いなく人だかりに踏み込んでいく。
「やめとけ、押しつぶされるぞ」
京介は一歩引いて、壁際に残る。
「大丈夫! ほら八田君も!」
「は? 僕はいい」
「いいから!」
美香はためらいなく京介の手を掴んだ。
ドラムが胸に突き刺さり、地響きのように足元まで揺らす。周りは跳ね、腕を振り上げ、声を張り上げていた。
「……バカみたいに騒いで」
「それが楽しいんでしょ!」
美香は軽快に体を揺らす。その笑顔が眩しくて、京介は視線を逸らす。だが動かないでいると逆に浮いてしまう。仕方なく足先だけ揺らすと、美香が嬉しそうに笑った。
「ほら、できてる!」
「……別に」
心臓の鼓動は、音楽に負けないほど強く響いていた。
少し離れたところでは、劉が大和と静を引っ張り込み、3人でぎこちなく跳ねている。大和も静もタジタジで、可哀想なほどだ。
「京ちゃんも踊ってる!」と劉が指差す。
「……あいつはどこに行っても馴染むな」
「いいじゃない。そういう人がいると、場があったかくなるんだよ」
演奏はさらに加速し、観客の熱狂は最高潮に達する。
腕を振り上げる波の中、美香の手は離されることなく、京介の手をしっかり掴んでいた。
そして最後の一音が鳴り響くと同時に――。
大歓声と紙吹雪が夜空に舞った。
荒い息を整えながら、京介はちらりと美香の横顔を盗み見る。
紅潮した頬、輝く目。
「ね? 楽しかったでしょ」
「……まあ、悪くはなかった」
素直になれない返事に、美香は声を上げて笑った。
後夜祭の熱気に包まれた夜は、まだ終わろうとしなかった。
夜空に、ひゅるるる……と細い光がのぼっていき、
次の瞬間、ドンッと大きな音とともに赤い花が咲いた。
歓声が広場を包み、群衆の顔を一斉に照らす。
「うわぁ、すごい!」
美香が両手を胸の前で組んで、弾けるような笑顔を見せる。
その横で、劉が穏やかに頷いた。
「やっぱり夏の締めくくりって感じだね」
「にぎやかすぎて耳が痛いくらいだな……」
人混みに疲れ気味の京介は、思わずぼやく。
けれど空を彩る光に照らされた美香の横顔に、言葉を飲み込んだ。
「ふふっ、京ちゃんは素直じゃないな」
劉がからかうと、美香がすかさず笑う。
「そうそう! 八田君だって、ちゃんと花火見てるじゃない!」
そのやりとりを少し離れた場所から静が見ていた。
花火に映るその姿は、まるで舞台のワンシーンのようにきらめいている。
大和が隣でぽつりとつぶやく。
「……なんか、こういうのっていいな」
「え?」
静が顔を向けると、大和は視線を空に戻したまま、少し照れたように笑った。
「みんなで同じものを見て、同じ瞬間を覚えてるってさ……悪くないだろ」
「ふふ、そうだねぇ」
次々と夜空に広がる光の花。
赤、青、金色。打ち上がるたびに歓声があがり、熱気がまた高まっていく。
最後に大輪の花が夜空いっぱいに広がったとき、生徒たちの拍手と叫び声が混ざり合った。
その瞬間、京介も思わず声を漏らした。
「……きれいだな」
「でしょ?」
すぐそばで、美香の声が弾んでいた。
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帰り道、美香は何度も振り返る。
「ねえねえ、ところでどうだった? 私の王女!」
「……別に」
「なんだそれ! あれだけ拍手もらったんだよ?」
「観客がノリよかっただけだろ」
わざとそっけなく答える。
本当は最後まで目が離せなかったなんて、言えるわけがない。
足元のアスファルトばかり見ていると、美香がふいに立ち止まった。
「八田君」
振り返った頬は、提灯の灯りに照らされて赤く染まっている。
「……来年も、一緒に出ようね。文化祭」
胸の奥が、音もなく揺れた。
答えようとしたのに、喉が詰まる。言葉は出なかった。
夜空に、花火がひとつだけ上がり、ぱっと開く。
その光を見上げる彼女の横顔は、舞台で見せた強さと同じものを宿していた。
二日間の文化祭は、そうして静かに幕を閉じた。




