第四章 一四話 レッツ文化祭! 中
2日目午前
「……人多いな」
人波を眺めて、思わずうめいた。
「警備員の方の話だと、これでも昨日よりは少ないみたいですよ」
隣で月夜が淡々と答える。
「ゆっくりお進みくださーい!」「最後尾はこちらでーす!」
委員の呼びかけが響き渡る。
今日は朝10時から、起舞の扇子の展示警備の当番。これさえ耐えれば、代表としての仕事もクラスの出店も終わる。心の中で「あと少し」と唱えながら立ち続けた。
近くでは学芸院が拡声器で解説をしている。
「こちらが伝説に名高い起舞の扇子でございます!」
(ぶっちゃけうるさい)
あのお盆の「お化け鏡」以来出してなかった大声を、思わず張り上げる。
「押さないでくださーい!前へ進んで!」
喉が焼けるように熱くなりながらも、どうにか交代時間まで持ちこたえた。
ようやく解放され、広場で劉、美香、静、大和と合流する。
「あ、京ちゃんこっち!」
人の間を縫って、美香が手を振る。
「八田さん、お疲れ様です」
静がはにかみながら丁寧に労い、後ろの大和がペコッと頭を下げる。
「八田君、人すごかったでしょ、ちゃんとできた?」
「京ちゃん、大丈夫?押し潰されなかった?」
「……一応、大きな問題はなかった」
「よかった〜!京ちゃん変なところで気が強いから、また問題起こさないか心配だったんだよ」
「“また”ってなんだ。今まで一回もないだろ」
ふと、京介はその場にいない人物に気づく。
「……あれ、真上さんは?」
4人が顔を見合わせ、そろって苦笑いを浮かべる。
大和が答えた。
「自分たちと来てたんですけど……人の多さを見て、『やっぱり、私はやめておきます』って帰っちゃいました。」
「へぇ、どうしたんだろな」
その時、校庭の特設ステージから軽音部の演奏が響いた。観客がリズムに合わせて手拍子を始め、生徒も保護者も人だかりになっていく。
「やっぱり生演奏ってテンション上がるね!」
美香はノリノリで手を叩く。劉や静、大和も楽しそうに揺れていた。大和のリズムはちょっとズレている気がするけど。
京介はというと、暑さと人混みでぐったりだ。
「八田君、もっと楽しそうにしてよ」
「……無理」
「ほんとつまんない人!」
そう言ってニパッと笑う美香の横顔が眩しくて、思わず視線を逸らした。
⸻
午後 — 演劇『カエルの王様』
いよいよ演劇の時間。
体育館のステージに立つ美香は、普段の彼女とは別人だった。
幕が上がり、泉のほとりで金の球を転がして遊ぶ王女の姿が現れる。観客がざわめき、照明が彼女を包む。
やがて球は水面に落ちる。
「どうしましょう……あの金の球は、大切な宝物なのに」
泣きそうな声に、前列の子どもが思わず「かわいそう」とつぶやいた。
湖からカエルが現れる
「泣くことはない、姫君。私がその球を拾ってきてやろう。ただし――条件がある」
「条件?」
「私を友とし、そばに置いてほしい」
観客席がざわめく中、王女はためらい、笑みを作る。
「ええ、いいわ。球を取り戻してくれるなら、何でも」
球を受け取ると、あっさり背を向けて去る王女。いい性格をしている
――王宮の食卓。
父王に叱責され、渋々共に食卓につく王女。
だが日を重ねるうち、カエルの誠実さに気づいていく。
そこへ現れる魔女。
「哀れな王子よ。呪いを解いてやろう。ただし――その命は虫よりも長く続かぬがな」
カエルは苦しげに答える
「私は人の姿で君と共にいたい。たとえ短い命でも」
観客の視線が、美香に集まる。
彼女は唇を震わせ、涙をこらえて叫んだ。
「いいえ! 私は、この姿のままのあなたを愛します!もし人間に戻ったら……“外見が変わったから愛した”と思ってしまう。そんな愛は偽物よ。大切なのは、姿でも力でもない。心よ!」
その言葉は、美香自身の信念そのもののようだった。
その台詞が、なぜか強く印象的残った。
カエルは涙を流し、王女の手を取る。
幕が下り、物語は「人には戻らぬまま、寄り添い続ける」という結末で閉じられた。
カーテンコール。
深々と頭を下げる美香に、会場いっぱいの拍手が送られる。
舞台の上の彼女は、僕の知っている「草薙美香」であり、同時に全く別の誰かのようでもあった。




