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第四章 一三話  前日ミーティング!

文化祭の準備は意外にも順調に進み、メイン会場である早乙女学園の校内は出店や展示のセッティングもほぼ完了し、いたるところに色とりどりの装飾が施され、すっかり文化祭一色に染まっていた。

校舎の窓という窓には手作りのポスターが貼られ、中庭には各クラスの模擬店の看板が立ち並び、普段の静寂な学び舎とは打って変わって華やかな祭りの雰囲気に包まれている。


今は文化祭前日の最終ミーティング。

会議室に各クラスの代表者たちが机を囲んで座っている。

空気は一段と張り詰めており、明日への期待と緊張が入り混じった独特の重苦しさが漂っていた。

壁に貼られたスケジュール表には赤いペンで「最終確認」の文字が大きく書き込まれている。


文化祭実行委員長の野原真澄が、配布された資料に目を通しながら一呼吸置いてから口を開いた。彼女の表情は普段よりも一層引き締まって見える。


「皆さん、長期間にわたる文化祭の準備、本当にお疲れ様でした。とうとう前日を迎えることができましたね」


真澄は一度言葉を区切り、会議室を見渡してから続けた。


「今回の文化祭では、特別に市の文化財保存会のご協力をいただき、市の重要文化財――『起舞の扇子』を期間限定で展示することになります。これは本校にとっても、また地域にとっても非常に意義深い出来事です」


その言葉が発せられた瞬間、会議室にざわめきが広がった。各代表者たちは驚きの表情を浮かべ、隣同士で小声の会話を交わし始める。


「この前話に出てたやつね。本当に展示するんだ?」

「そんな大事な物を学校で扱って大丈夫なのかよ……」

「何か問題が起きたら、俺たちも責任取らされるんじゃないか?」


ひそひそと小声が飛び交う中、真澄は動じることなく落ち着いた調子で説明を続ける。


「展示会場は、北校舎一階の特別展示室に設けます。普段は科学準備室として使用している部屋ですが、保存会の専門スタッフの手により専用の展示ケースを設置し、温湿度管理システムや本格的な警備体制も完備されます。さらに、東雲中学校の郷土資料展示も同じ会場で併せて行われることになりました。扇子の展示と合わせて、この地域の豊かな文化を広く市民の皆様に紹介する貴重な場となります」


代表者たちは互いに意味深な視線を交わし合う。当初の予想を大幅に上回る規模の企画となっていることに、期待と同時に不安も募らせているようだった。協力校との合同展示という形になり、責任の重さも増している。


「次に、管理体制について詳しく説明いたします」


真澄が手元の資料を示しながら、より具体的な説明に移った。


「保存会からは専門の学芸員お二人と、警備を担当する職員の方が常時会場に駐在されます。しかし、これは学校行事である以上、生徒側も相応の責任を負うことになります。具体的には、各校の代表生徒二人がペアを組んで、30分を一区切りとした交代制で展示室での立ち会い業務を行っていただきます。これは早乙女学園と叢雲中学校の両校合同で当番を回していく形になります」


この説明を聞いて、誰かが思わず声を上げた。


「えっ、代表が直接現場につくんですか? それじゃあクラスの出店の準備や運営は……」


「もちろん交代制ですから、一人が長時間拘束されることはありません。また、どうしても手が離せない重要な時間帯がある場合は、事前に相談していただければ、他の代表の方々と調整して融通を利かせることも可能です。何より、この貴重な文化財を皆で守り抜くという使命感を持って取り組んでいただきたいと思います」


その時、広報係を務める石城杏奈が手を挙げた。


「写真撮影していいの〜? 広報用にインスタに載せたいんだけど、それに来場者の人らもの記念撮影したいっしよ」


「写真撮影については原則として全面禁止とさせていただきます。ただし、学校の公式記録用に限って、広報担当者と新聞部のメンバーのみに撮影許可が下ります。一般の来場者の方々、保護者の皆様も含めて撮影は一切禁止となりますので、入口での案内を徹底してください」


杏奈は「承知の介〜」と頷いて答えた。


真澄は資料をめくりながら、さらに念を押すように続ける。


「改めて強調いたしますが、『起舞の扇子』は市指定の重要文化財です。数百年の歴史を持つ貴重な遺産であり、その価値は金銭では測り知れません。万が一にも傷をつけたり、破損させたりした場合、学校としても保存会としても取り返しのつかない責任を問われることになります。また、参加する生徒の皆さんにも、相応の責任が生じることを十分に理解した上で、緊張感を持って臨んでください」


会議室が静まり返った。これまで何となく楽しい文化祭の一環として捉えていた展示が、実は非常に重大な責任を伴うものであることが、ひしひしと実感されてきた。


そんな重い沈黙の中に、誰かのかすかな小声が紛れ込んだ。


「結局、俺たちまで巻き込まれるのかよ」

「そもそも学長が自慢したいからって扇子を引っ張り出したんでしょう?」

「私たちを面倒事に巻き込まないでほしいですわ」

「……やっぱり噂通り、野原家が本当の持ち主なんでしょうね。保存会なんて名目だけで、実際は野原家の所有物だっていう話だし」


発言の主は特定できないが、その囁きを聞いた数人の代表者たちが微妙な表情で視線を交わし合った。真澄の家系と文化財の関係については、以前から学校内で様々な憶測が飛び交っていたのだ。


議事はすぐに次の項目へと移ったが、先ほどの囁きだけが妙に重く心に残り、会議室の空気をより一層複雑なものにしていた。


-----


京介はさっさと校舎の外へ足を向けた。


夕暮れ時の柔らかな風に乗って、調理用の油や木材、ポスター用の絵の具などが混ざり合った独特の匂いが漂ってくる。メインストリートと呼ばれる中庭の大通りでは、各クラスの模擬店が軒を連ねるように設営作業が進められていた。焼きそば、たこ焼き、クレープなど、それぞれに工夫を凝らした看板や装飾が施され、明日の本番に向けて着々と準備が整えられている。


自分たちのクラスが担当する出店――フライドポテトと揚げ団子の屋台を見ると、すでに骨組みが立ち上がり、現在は手作りの布看板を取り付けている最中だった。「叢雲1-3特製!激うまポテト&団子」という文字が、クラスメイトたちの手で丁寧に描かれている。


忙しそうに動き回る生徒たちの間に、月夜の姿を見つけた。彼女は小さな机に向かって、マジックペンを手に何かを書き込んでいる。


「……お疲れ、戻ったよ」


京介が声をかけると、月夜が作業の手を止めて振り返った。手にはマジックペンを持ち、価格を記した値札を書いている最中だったようだ。


「お疲れさまです、八田君。会議はどうでした? 何か重要な連絡事項はありましたか?」


京介は会議の内容を簡潔に報告した。


「展示室での立ち会いは、各校の代表二人がペアになって30分交代で行うことになった。忘れ物や不注意には特に気をつけろって念を押されたよ。それと……例の扇子の件だけど、思ってた以上に厳重な警備体制が敷かれるらしい。学芸員と警備員が常駐するし、写真撮影も基本的には禁止だと」


月夜は京介の説明を聞きながら、手帳にメモを取っている。


「了解です。それじゃあ明日のシフト表に、立ち会い業務の時間も組み込んでおきますね。」


「……うん、よろしく」


そこで二人の会話は一区切りつき、京介は作業現場に散らばっていた余った木材を片付ける手伝いに回った。特別に声をかけられることはないものの、黙々と作業に参加することで、自然にクラスメイトたちの輪の中に溶け込んでいく。普段はあまり積極的に関わろうとしない京介だが、こうした共同作業の場では、意外にも周囲と自然に協調できるのだった。


完成間近の屋台を見上げながら、夕日に照らされた校舎の風景を眺めて、京介は心の中で静かに呟いた。


――明日はいよいよ、本番だ。果たしてすべてが無事に終わるだろうか。


空には薄っすらと夕焼け雲が広がり、文化祭前夜の特別な雰囲気を演出していた。

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