第四章 七話 代表者会議 下
「では、次は私から見て右手の列の方からお願いします」
真澄の指示で、各列に視線が集まる。一年生たちの緊張がまた高まった。
「はい!」
元気よく声を上げたのは、以前商店街で月夜と一緒にいた少女だった。
「早乙女二年、布都天音。転校したばかりですが……演劇が好きなので、力になれたらいいなって思ってます!よろしくお願いします!」
はきはきした口調と明るい笑顔に、何人かの早乙女生が「おお」「しっかりしてる」と感心した声を漏らす。転校生とは思えないほど堂々とした自己紹介だった。
「……あの子、私と同じクラスの代表なの。いい子よ。転校してきてからすぐにクラスに馴染んで、みんなから慕われてるの」
美香が小声で補足する。
「ふーん」
京介は興味なさげに返すが、その横顔は少し真剣に見えた。天音の自然な笑顔と明るい雰囲気が、なぜか気になってしまう。
「…」
月夜は相変わらず無表情で、京介と美香の方をちらりと見ただけで視線を逸らした。
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自己紹介はしばらく続き、ようやく京介たちの番が回ってきた。緊張する一年生たちの中で、まず最初に立ち上がったのは劉。
「叢雲一年、杉原劉です。特に得意なことは……体力仕事、かな。雑用でも何でも、頑張ります」
ゆったりとした口調と穏やかな表情に場の緊張が少し和らぎ、何人かの女子が「癒やされる声」「なんか落ち着く」とひそひそ笑う。劉の人柄の良さが声音からも伝わってくる。
続いて美香が立ち上がり、背筋をぴんと伸ばす。
「早乙女二年、草薙美香です。クラス代表として参加させていただきます。演劇の方も責任を持って頑張りたいと思います。皆さんと素晴らしい文化祭を作り上げていきましょう」
凛とした挨拶と真摯な表情に、女子校の同級生たちから「さすが草薙さん」「頼もしい」と小さな拍手が起こる。美香の持つリーダーシップが自然と周囲に伝わっていた。
そして、京介の番。椅子から渋々立ち上がり、面倒くさそうに口を開く。
「……叢雲一年、八田京介。……クラスの推薦で代表に。……まあ、足引っ張らないようにします。以上」
あまりに淡白でぶっきらぼうな挨拶に、場が一瞬しんと静まり返った。その素っ気なさに、何人かがクスクス笑いを漏らす。
そこで結城翔が手を挙げて、わざとらしく大げさに言う。
「いやー頼りない後輩だなあ。もうちょっと愛想よくしなよ、八田君」
会場が笑いに包まれ、京介の肩の力も少し抜ける。翔のフォローに感謝しつつも、少しムッとした表情を見せる。
対照的に、隣に座っていた月夜はそっけなく立ち上がった。
「……布都月夜。叢雲一年。特にないです。以上」
投げやりすぎる挨拶に、大地が「おいおい!もっとやる気見せろよ!せめて何か一言あるだろ!」と突っ込み、また場に笑いが広がる。月夜は面倒くさそうに舌打ちし、椅子に座り直した。
そんな月夜を美香は興味深々に見つめている
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ひと通り自己紹介が終わると、野原真澄が再び口を開たいた。
「お疲れさま。……思ったより個性派ぞろいね。まあ、それだけ面白い文化祭になるってことかしら。多様性があって良いわ」
副委員長の篠原甲斐が、机の上に資料を綺麗に広げながら淡々と続ける。
「それでは本題に入ります。まずは出し物の方向性を決めましょう。各クラスから模擬店、ステージ企画、展示の希望が出ているはずですので、調整が必要です。重複を避けて、バランスの良い配置にしたいと思います」
書記の結城翔がすかさずペンを構え、にやりと意味深に笑った。
「はいはい、出店で焼きそばが十組以上かぶる未来が見えるんで、そこは覚悟してくださいね。毎年恒例の光景です」
「焼きそばは外せねえだろ!文化祭の定番じゃないか!」と大地が即座に声を張り上げ、
「でも映えないじゃん!インスタ映えしないと意味ないって!」と杏奈が真っ向から切り返す。
会議室がどっと笑いに包まれ、緊張が少し和らいだ。両校の生徒たちがようやく打ち解け始めた雰囲気が感じられる。
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甲斐が黒板にチョークを走らせ、大きく三つの項目を書き出す。
『模擬店』『展示』『ステージ』――その下に空欄がずらりと並ぶ。白いチョークで書かれた文字が、これから始まる議論の舞台を演出している。
「それじゃ、まずは各クラスから出す模擬店の希望をどうぞ。遠慮なく言ってください」
途端に、あちこちから声が飛んだ。
「焼きそば!」「クレープ!」「たこ焼き!」「から揚げ!」「綿菓子!」
黒板に同じ単語が並び、翔がペンを走らせながら大げさに肩をすくめる。
「ほらね、予言的中。見事に定番メニューのオンパレードです」
京介がぼそりと呟いた。
「……これじゃ商店街の夏祭りだな。もう少し工夫があってもいいんじゃないか」
近くにいた劉が「確かに。でも、みんなが食べたいものだからこそ定番なんでしょうね」と苦笑いし、場にまた笑いが広がる。
「ちょっと待ちなさい!」真澄が机をパンと叩いた。
「焼きそば屋ばっかりあってどうするのよ!お客さんが選べないじゃない!」
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そこからは、各クラス代表の熱いかけ合いが始まった。
「じゃあ俺たちは力技で鉄板焼きだ!肉も野菜もガンガン焼くぞ!」と大地が胸を張れば、
「それ全然映えない!今はチーズハットグでしょ!伸びるチーズが写真映えするの!」と杏奈が真っ向から反論。
「映えって……食べ物は味が大事だろ」と大地が首をかしげると、
「味も大事だけど、見た目も重要よ!SNSの時代なんだから!」と杏奈が譲らない。
ああでもない、こうでもないと意見が飛び交い、黒板の単語が次第に整理されていった。
焼きそば、クレープ、ハットグ、ポップコーン、かき氷、たい焼き、フランクフルト……
どうにかバリエーションを持たせる方向で落ち着いていく。競合を避けて、それぞれのクラスが違う特色を出せるよう配慮された。
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「では次。展示とステージ企画について話し合いましょう」
甲斐がチョークを置き、周囲をゆっくりと見渡す。
「例年、展示は美術部や写真部の作品展示が中心。ステージはバンドやダンスが多いですね。今年は何か特別な企画を考えている人はいますか?」
真っ先に手を挙げたのは、美香だった。
「私たちのクラスは演劇をやります。演目も大体決まっていて……」
翔がすかさずニヤリと意味深に口を挟む。
「お、きた!女子校演劇!いやー観客的には期待しかないですねえ。どんな内容なんです?」
「結城君、余計なこと言わない!真面目に聞きなさい!」と真澄が鋭いツッコミを入れる。
美香は小さく咳払いし、真剣な表情で続けた。
「題目は『カエルの王様』です。ただのおとぎ話ではなく、“カエルのままでも愛する”というテーマで大胆に脚色します。外見ではなく内面を見つめる愛とは何か——観客の皆さんにそれを問いかけたいんです」
その言葉に、会場が一瞬しんと静まる。美香の熱を帯びた眼差しと真摯な想いに、誰もが息を呑んだ。軽い気持ちで聞いていた生徒たちも、その本気度に圧倒される。
……最初に拍手をしたのは天音だった。
「わぁ、すてき!深いテーマですね!私もぜひ出演したいです!」
その拍手に続いて、会場にパラパラと拍手が広がる。美香の情熱が確実に周囲に伝わっていた。
京介は心の中で(また妙に張り切ってるな……)と呟きながらも、舞台衣装を纏った美香の姿を想像してしまい、慌てて頭を振る。そんな自分の反応に戸惑いながら、言葉を飲み込む。
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議論は紆余曲折を経て、模擬店、展示、演劇、ステージバンドなどの大枠がまとまっていった。各クラスの特色を活かしながら、全体としてバランスの取れた文化祭になりそうな予感がしてくる。
真澄が手を打ち、全員を見渡す。
「よし、今日はここまで。細かいスケジュールや役割分担は次回詰めるとして……まずは”合同でひとつの祭りを作る”って意識を持つこと。両校の壁を越えて、素晴らしいものを作り上げましょう。いいわね?」
「おう!任せとけ!」と大地が力強く答え、
「映え担当も頑張るからね!インスタ映え狙いまくるわよ!」と杏奈がピースサイン。
「はいはい、じゃあ議事録は今日も俺の手首が犠牲に……腱鞘炎まっしぐらです」と翔がぼやき、また笑いが起こる。
豪華な会議室の空気は最初の堅さを失い、賑やかで温かなものに変わっていた。両校の生徒たちが少しずつ打ち解け、一体感が生まれ始めている。
こうして、叢雲高校と早乙女学園初めての合同会議は和やかに幕を閉じたのだった。
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