第四章 五話 石塔 下
塔を後にした一行は、しばらく無言のまま山道を歩いていた。夜気は冷たいはずなのに、背中にまとわりつく重苦しさが消えない。
美香がようやく口を開いた。
「……能力が勝手に反応するなんて」
彼女の声には困惑が滲んでいた。
自分の能力を完全にコントロールできると思っていたが、今日は違った。
京介は返事をしなかった。
ただ拳を握りしめる。自分の結界が石塔の封印を”呼び起こした”ことが、頭から離れなかった。
もしあの時、美香が止めてくれなかったら……考えるだけで背筋が寒くなる。
透が歩きながら言った。
「委員会の連中……彼らは確実に石塔の存在を知っていました。それも詳細に。単なる調査ではない」
劉が小声で呟く。
「あの顔に傷がある人すごく圧があった、それにあの狐面の人...」
「委員会か……」
京介は呟いた。
お化け鏡の紛失、今回の石塔、偶然とは思えない。
透は懐中電灯で足元を照らしながら続けた。
「今回の件で分かったことがあります。石塔の封印は、特定の能力者――恐らく結界術者の力に反応する。そして委員会は、それを知っていた」
美香が眉をひそめる。
「つまり、八田君を狙って……?」
透は短く頷いた。
「可能性は高いでしょう。偶然にしては出来すぎています。彼らの動きは計画的でした」
一同は重い沈黙に包まれた。
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やがて一行は探偵社に戻り、扉を開ける。
中では静と大和が、心配そうに待っていた。
二人とも、時計を何度も見ながらそわそわしていた。
「お疲れ様でした! 遅かったので心配していたんです」
静が駆け寄ってくる。
「無事で良かった。で、どうでした?」
大和も立ち上がって尋ねた。
透は扉を閉め、二人に向かって静かに告げた。
「調査は一応終了しました。……今後の動向を考える必要があります、とりあえず本日の出来事はすべて記録に残しておきましょう」
京介は椅子に座り込んだ。
疲労と動揺で、立っているのがやっとだった。
「まず、石塔の封印は間違いなく”何か”を封じています。そして、それは結界術者の力に反応する」
透が説明を始めた。
美香も椅子に座り、まだ手が微かに震えているのを隠そうとしていた。
「私の能力も、勝手に反応した。まるで危険を察知して、強引に感情を引っ張っられたみたいに」
劉は大和の隣に座り、安堵の表情を浮かべていた。
「委員会の人たちも来てた。すごく怖かった……」
静が驚いて声を上げた。
「委員会!? また出てきたんですか?」
透は窓の外を見ながら言った。
「問題は、彼らの目的です。石塔を管理しているのか、それとも利用しようとしているのか……。ただ一つ言えるのは、我々が監視下に置かれているということです」
京介は頭を抱えていた。
「僕の結界が、あの封印を呼び覚ました……もし暴走していたら……」
美香が彼の肩に手を置いた。
「でも、実際には止められた。私たちがいたから」
透が振り返り、真剣な眼差しで告げる。
「今回の件で明らかになったのは、八田さんの能力が委員会にとって脅威、あるいは利用価値のある存在だということです」
静が心配そうに尋ねた。
「それって、八田さんが狙われているということですか?」
透は重々しく頷いた。
「可能性は高いでしょう。我々は今後、より一層の警戒が必要です」
大和がファイルを広げながら言った。
「石塔についてもう少し調べてみましょう。何か手がかりがあるかもしれません」
京介は窓の外の夜空を見上げた。
今夜の出来事が、新たな事件の始まりに過ぎないことを、彼は直感的に理解していた。委員会との対立は避けられない。そして、自分の結界の力が、まだ知らない何かを秘めていることも。




