第四章 四話 話し合い 上
土曜日の午後
余白探偵社の部室には、いつもより早めに到着していた京介と美香の二人だけがいた。
透からは「少し遅れます」との連絡が入っており、普段は賑やかな室内に静寂が漂っていた。
その重い沈黙の中で、二人は長い間避け続けてきた重要な話題について、ついに口を開こうとしていた。
「八田くん、やっぱり話さない?」
美香の声音は普段の明るさを失い、慎重さと緊張感を帯びていた。彼女の表情には深刻な決意が宿っている。
京介は美香の言葉を受けて、しばらくの間深い沈黙に沈んでいた。机の上に置かれた自分の手を見つめながら、ようやく重い口を開く。
「……正直なところ、ずっと迷い続けてる」
彼らの心の奥底に重くのしかかっているのは「委員会」という名の謎めいた組織の存在だった。
あまりにも危険で、あまりにも得体の知れないその組織について、余白探偵社の仲間たち――劉や中学生の静と大和に真実を打ち明けるべきかどうか。特に劉については、すでに京介の能力の存在どころか委員会の存在についても認識していた。
このまま中途半端な状態で放置しておくのは、むしろ危険なのではないだろうか。
「委員会のことは本当に危険すぎる。下手に関わりを持てば、最悪の場合、命を狙われる可能性だってある」
京介がその重い現実を口にすると、美香は眉を深くひそめ
「そう、よね...でもこのまま黙っておくのも忍びないわ」
「……それは分かってる。でも、僕らだけの力でどうにかできる保証なんて、どこにもない」
京介の言葉が途切れ、部室に再び重苦しい沈黙が戻った瞬間、二人の背後から聞き慣れたおっとりとした穏やかな声が響いた。
「だったら、俺たちを頼ればいいじゃない」
驚いて振り返ると、教室のドア枠に劉が肩をもたれさせて立っていた。その少し後ろには、静と大和が並んで控えめに立ち、不安そうな表情を浮かべながら二人の様子を窺っている。
「り、劉……いつから聞いてたんだ……」
京介の顔に動揺と焦りの色が浮かび上がる。
しかし劉は相変わらずのにこやかな笑顔を浮かべ、困ったような仕草で肩をすくめて見せた。
「京ちゃんたちがそんな深刻な顔をしてたら、隠し事があるのはすぐに分かるよ」
彼はゆっくりと両手を広げるようにして、いつものように穏やかで温かい口調で続けた。
「俺たち、きっと役に立てると思うんだ。静ちゃんと大和くんはネット調査やデータ収集がとても得意だし、中学生だから俺たち高校生とはまた違った独特の視点を持ってる。それに……俺は京ちゃんのことを一番長い時間見てきたからね。京ちゃんの考えることは、だいたい分かるつもりだよ」
「で、でも……!」
静が慌てたように両手をぶんぶんと振りながら声を上げる。
「わ、私たちみたいな普通の中学生が、そんな危険な委員会っていうところに関わったら、きっと足を引っ張るだけじゃないでしょうか……」
大和も静の隣で小さく何度もうなずきながら、遠慮がちに付け加えた。
「そ、そうです。僕たちには八田さん達みたいな特別な能力もありませんし……」
美香は二人の真剣な表情をじっと見つめ、深く息を吐いてから言葉を選んだ。
「でも――あなたたちには覚悟があるってことよね?本当に危険かもしれないのに」
静と大和は互いの顔を見合わせ、ためらいながらも、最終的には決意を込めて小さくうなずいて見せた。
その二人の真摯な姿を確かめるように、劉は一歩前へと踏み出した。そして、いつものやわらかな笑みを浮かべながら、心の底からの言葉を紡ぎ出す。
「京ちゃん。俺たちはもうとっくに仲間じゃないか。危険だからって理由で突き放されたりしたら……それこそ本当に悲しいよ」
劉の言葉は静かで穏やかでありながら、そこには揺るぎない信念と覚悟が込められていた。京介は胸の奥底に生まれた答えを必死にのみ込もうとしながら、複雑な感情に揺れる心のまま、ただ視線を床に落とすことしかできなかった。部室に流れる空気は、重要な決断の時が近づいていることを物語っていた。




