第四章 三話 姉妹
夜の帳が落ちる頃、布都月夜はあるマンションの一室向かっていた。
窓の外には街灯がぽつりぽつりと灯り、薄くカーテンを透かして淡い光が差し込む。
カバンの中、ノートと数冊の資料、そして白い封筒。
歩きながら月夜は淡々とスマホに指を走らせる。
「対象は二名。八田京介、草薙美香――」
指先に迷いはない。けれど唇の端は微かに引き結ばれていた。
委員会から与えられた役目は単純だ。
“監視” すること。
接触は最小限で構わない。ただ必要とあらば情報を報告し、動向を見極める。
しかし、彼女の中に冷えた疑念がこびりついていた。
(なぜ、彼らにここまで目を光らせる必要があるのかしら)
文化財の消失、不可解な現象。
委員会はそれを“能力者の関与”と見なし、次々と網を広げている。
けれど月夜の眼には、それが国家の保護ではなく、ただの支配欲に映っていた。
「……」
指を止め、記録アプリを閉じる、背景には彼女が守ろうと決めた存在――妹の天音とのツーショット写真がある。
本を読んでいる時天音に強引に取られたのだ
(あの子は何も知らない。知るべきでもない)
月夜は目を閉じ、強く拳を握りしめた。
「ごめんなさい、八田京介」
誰にも聞こえぬ声で呟く。
「私は敵意など持っていません。ただ……妹を守るために、どうしても貴方を観察し続けねばならないのです」
⸻
その頃、早乙女学園の寮
布都天音は大きなベッドに寝転び、天井を見上げていた。
周囲は静かで、かすかに時計の秒針だけが響く。
「……」
目を閉じると、今日の光景が次々と浮かんでくる。
美香と交わした言葉。
笑顔で紅茶を分けてもらった瞬間の温もり。
そして、美香から伝わる"音"の強さ。
「美香さん……やっぱり、特別な人」
小さく呟いて、胸に手を当てる。
その時だった。
耳の奥で――かすかな振動が鳴った。
「……また」
音。
周囲の空気の震えが、普通の人には分からないかすかな周波が、天音の身体を通して直接響いてくる。
生まれた時からまとわりついてきた異質な感覚。
幼い日の記憶がよぎる。
庭で遊んでいたとき、ふとした拍子に自分の中から“音”が溢れ出し、ガラス窓が一斉に砕け散った。
その瞬間の母の表情。
怯えと、拒絶と――冷たい背を向ける仕草。
「……」
胸の奥が、ちくりと痛む。
でも。
隣にいてくれた姉だけは違った。
「大丈夫。天音は、私が守る」
そう言って、泣いている自分の手をぎゅっと握ってくれた。
だから、今も彼女は笑える。
「わたし……姉さまを守るんだ」
そう呟きながら、ベッドに顔を埋める。
だがその笑みは、誰にも見られぬ闇の中で、ほんのわずかに震えていた。
⸻
月夜のスマホに天音から着信があった
「天音。まだ起きていたの?」
「うん……ちょっと眠れなくて」
姉の声を聴いた途端、天音の表情はぱっと明るくなる。。
「大丈夫。……私がついているから」
ただの一言。
しかし天音にとっては、それが世界のすべてだった。




