表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/83

第四章 一話 転校生 上

夏休みが終わり、早乙女女子学園の校門をくぐった瞬間、じりじりとした暑さが肌を刺した。

九月に入ったというのに、陽射しはどう見ても真夏の続き。それでも紺のブレザーに白いブラウス、胸元の薄紫のリボンで身を包んだ友人たちを見ていると、「新しい季節が始まるのだ」と自然と背筋が伸びた。


校舎の廊下には新しい教科書の匂いと、かすかなワックスの香りが漂っている。窓から差し込む陽光が大理石の床に幾何学模様を作り、優雅な学び舎らしい落ち着いた空気に包まれていた。


美香はゆったりと歩きながら、久々の全校登校日の喧騒に耳を傾けていた。あちこちから響く明るい声――海や避暑地での思い出話、贈り物の交換。華やかな話題ばかりだ。

そんな中、美香が一番に気にしていたのは別のこと。


(今日から転校生が来る、って噂……夏休み明けにね)


早乙女女子学園で外部からの転入は珍しい。だからこそ、みんな好奇心でいっぱいなのだ。


教室に入ると、友人の葵が手を振っていた。

「美香、おはよう。もう聞いた?転校生の話」

「ええ。どんな子かしらね」

「楽しみよね。この学校、本当に転校生なんて滅多にいないから」


キーンコーンカーンコーン――チャイムが響き、教室のざわめきが次第に静まっていく。担任が前に立つ。

「えー、紹介するわね。今日からこのクラスに加わる布都天音さんです。どうぞ」


扉が開き、小柄な少女が一歩前へ出た。


「は、初めまして!布都天音と申します。よ、よろしくお願いします!」


緊張で声が少し震えながらも、元気いっぱいにお辞儀をする。

栗色の髪がお辞儀と共にふわりと揺れ、上げた顔には大きな瞳が緊張で潤んでいる。薄紅に染まった頬、口元にちらりと見える小さな八重歯。その愛らしさに、教室がほんの一瞬静まり返った。


「……かわいい」


クラスの誰かがぽつりとつぶやく。

たちまち空気が和らぎ、教室全体がほわっと明るくなる。


美香は思わず頬を緩めた。

(なるほど、これは人気が出そうね)


だが、その時――美香は奇妙な感覚を覚えた。

天音の視線が、一瞬だけ自分に向けられたのだ。それは単なる挨拶の視線ではない。まるで何かを探るような、不思議な興味を秘めた眼差しだった。


(……気のせい?)


席についた天音は、隣の生徒に小声で「えっと、これノートこうやって書けばいいのでしょうか?」と丁寧な口調で尋ねたり、鉛筆を落として拾ってもらって「あ、ありがとうございます」と笑顔を見せたり。


その度に美香は気づいていた。天音の視線が、時折こちらに向けられることを。


昼休みのチャイムと共に、教室がざわめき始めた。「天音さん、一緒にお弁当食べない?」「こっち座って!」複数の声が重なり、あっという間に天音の席の周りに机が寄せられていく。


だが、少し戸惑ったように辺りを見渡している天音の様子を、美香は見逃さなかった。


(……なるほど。友達はすぐできそうだけど、この子、大勢の中にいるのは慣れていないのね)


美香は机を立つ。すっと天音のほうへ歩み寄り、彼女の隣に腰を下ろした。


「布都さん、お弁当美味しそうね」


「えっ……あっ!」天音の顔がぱっと明るくなる。

「ありがとうございます!お姉様が作ってくださったんです」


「素敵ね。お姉さん、お料理がお上手なのね」


「はい!えっと……あの、美香さん、ですよね?」

天音は恥ずかしそうに頬を染める。

「クラスの皆さんから、とても素敵な方だって伺ってて……お話しするの、すごく緊張します」

「あら、そんなに緊張しないで。普通の生徒よ」

「い、いえ!そんなことないです!」

慌てて手をぶんぶん振る天音。その様子に周囲の生徒たちまで笑い、場の雰囲気が一段と明るくなる。

美香は紅茶を口にしながら、天音と自然に会話を続けた。

彼女が趣味の話をすれば頷き、好きな食べ物を聞けば軽口を返す。

その間に、美香は確かに感じていた――この子は嘘をついていない、純粋な部分は本物だと。


けれど、時折向けられる視線には、やはり何か別のものが混じっている。


「あの……美香さんは、普段どのようなことをされているのですか?」


ふいに天音が尋ねた。その声には、単なる興味以上のものが込められていた。


「普通のことよ。勉強して、本を読んで……特別なことはしていないわ」


「そう、ですか……」


天音の表情に、ほんの一瞬だけ何かが過った。まるで、もっと深い答えを期待していたかのように。


(この子……一体何を知りたがっているの?)


「布都さんは、前はどちらの学校に?」


「あ、えっと……家庭教師の先生とマンツーマンで勉強してました。だから、こんなに大勢での授業は初めてで……戸惑うことばかりです」


なるほど、それで集団生活に慣れていないのか。美香は納得した。


放課後、校舎を出るとき、天音は美香に振り返って手を振った。

「また明日も、いろいろ教えてください!」


その声は夕暮れに響き、表面上はどこまでも素直だった。


だが美香は、天音が最後に投げかけた視線を忘れることができなかった。

そこには確実に、ただの親しみ以上の何かが宿っていたのだから。


(面白い転校生ね……)


美香は小さく微笑み、とある場所に向かって歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ