第三章 四話 学校の七不思議 1
夏の夜。
京介は自室の窓を全開にし、扇風機を首振りにして夜風を取り込んでいた。
昼間の蒸し暑さが嘘のように、風が頬を撫でるたび体の熱が引いていく。
遠くで鳴くヒグラシと、時折混じる自動車のエンジン音が、夏の夜らしい間延びした時間を演出していた。
涼しさに気を良くしながら、ベッドに寝転んでスマホを横向きに構え、ソシャゲに没頭する。
(あー……今日のデイリー終わったら寝よ)
親指を動かすリズムは、ほとんど習慣の域に達している。
だが指先の汗で画面が微妙に滑りにくくなり、攻撃のタイミングを外しては小さく舌打ちした。
ここ最近は【余白探偵社】の活動で「見回り」と称し、街を歩き回る日々が続いている。
探偵業で鍛えられた男や現役中学生に対して、普段引きこもりの高校生である京介では体力が違いすぎる。すでに去年の分の運動量を超えているのではないかと思うほどだ。
(足が……だるい……筋肉痛が治ったと思ったら、また新しいのが来てる気がする)
そんなことを考えていると、ソシャゲの画面にメッセージ通知が飛び込んできた。
送り主は美香――猫のアイコンが目印の女子だ。
メッセージアプリを開くと、新しく作られた【余白探偵社】というグループ名が目に入る。
『みんな、急にグループ追加してごめんね! こうしたほうが今後便利だなと思って、余白探偵社のグループ作ってみた!』
美香らしい思いつき行動だな、とスルーしてゲーム画面に戻ろうとしたが、続けざまに二回、通知音が鳴った。
『そういえば作ってなかったのね。今後はここでも作戦会議できるね!』
『美香さん! 追加ありがとうございます!』
劉と静が即座に反応している。
(……これ、俺も返事したほうがいいやつ?)と悩んでいるうちに、さらに通知が入った。
『早速なんだけど、みんなお盆って空いてる日ある?』
どうやら本命はこれらしい。
『俺、お盆は14、16以外なら大丈夫だよ』と劉、
『私はいつでも大丈夫です!』と静がすぐに返信する。
(この二人、返信早すぎだろ。通知音鳴った瞬間に打ってんのか?)
少し面倒だが断る理由もない京介は、『僕はいつでも空いてる』とだけ打ち込んだ。
間を置いて、大和からも『返信遅れてすいません。自分は14、15以外なら大丈夫です』と届く。
『全員の予定を合わせると13日なら大丈夫ね。帰りが遅くなることをご両親に伝えておいてね。詳細は当日に話すわ』
美香がそう締めくくると、劉、静、大和が了解スタンプを次々と送信した。
(僕、そんなスタンプ持ってねぇ……)
仕方なく無料で使える、やや場違いなクマのスタンプを送る。
犬は笑顔で親指を立てていたが、妙にふてぶてしい表情で「了解」と出ているせいで、送信直後から後悔が押し寄せた。
グループチャットが終わったかと思えば、今度は個別に劉からメッセージが届いた。
『京ちゃん、電話大丈夫?』
『ああ』と返すやいなや、スマホが震えた。
「おーい京ちゃん」
「おお、どうした。急に電話なんて」
「いや、電話のほうが早いかなって。京ちゃん、タップ速度おじいちゃん並みだし」
「よし、切るぞ」
「わわ、冗談だって! ……でさ、お盆、何するか草薙さんから聞いてる?」
「いや? あいつ補習とかで事務所に顔出してないし」
「行ってからのお楽しみってやつか……。あ、そうだ。話変わるけど、お盆終わってから帰るんだよな?」
「ああ、そのほうが電車とか混まないし」
「そんな距離あったっけ? 俺なんて毎日通学してるのに……まあいいや。行く日決めたら教えてよ。今年も京ちゃんのおばあちゃんち泊まるし」
「……やっぱおかしいだろ、それ」
「もう恒例行事だって。おじいちゃんおばあちゃんに今年も泊まるって言っちゃったし」
「はいはい。じゃあお前が部活ない日を送れ。空いてる日に行く」
「ん、わかった」
「じゃあ切るぞ」
「はーい。おやすみー」
「おやすみ」
通話を切ると、すぐに劉から部活の日程表が送られてきた。
お盆明けの試合後、まとまった休みがあるらしい。そこに予定を合わせて返信しておく。
すぐに劉から『OK!』という返信が来た。
ちなみに京介はそのあと、急遽スタンプショップを開き、“それっぽい”了解スタンプを探し回った。
無料で使えて、なおかつ「これ」っといったものを見つけるのに思いのほか時間がかかり、結局寝るのが深夜になってしまった。
扇風機の風が弱く感じられるほど、スマホを握る手は熱を帯びていた。
それからお盆までの数日間は、拍子抜けするほど何事もなく過ぎていった。
そして──ついに迎えた十三日の夕方。
約束通り、【余白探偵社】の面々は透を除いて全員集合していた。
「そういえば、透さんはいないんだね」
劉が何気なく美香に尋ねる。
「透さんはお盆休みよ。一応“会社”として雇ってる人だから、福利厚生はしっかりしないと」
美香は胸を張って答える。
「でもいいのか? 僕らだけで勝手に動いて」
京介は少し眉をひそめた。透は草薙家で雇われている執事の息子であり、京介から見れば、美香のお目付け役のような立場でもある。これまでの依頼も、草薙家のコネや元探偵としての技術を駆使してサポートしてくれていた。
「いいのよ。今回は大人がいないほうが都合がいいの」
美香は口元をつり上げ、不穏な笑みを浮かべた。
「……おい、なんだ。その“都合がいい”ってやつ、いやな予感しかしないんだが」
京介は露骨に顔をしかめる。
「うーん……俺もちょっと怖くなってきたな」
劉も肩をすくめる。
「ふふっ、二人ともそんなに期待しないで」
「「してないです」」
息ぴったりに返す二人。勘違いも甚だしい態度の美香に、京介と劉は同時にツッコミを入れた。
そんなやりとりを眺めながら、大和と静が恐る恐る口を開く。
「そ、それで……今日は何をするんですか?」
「帰りが遅くなるから、ご両親に伝えておいてって……もしかして、夜に活動するんですか?」
「はい! その通り。──今日は、うちの学校の旧校舎に忍び込みます!」
「「……え?」」
部屋の空気が、一瞬で固まった。




