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第三章 二話 子猫と飼い主 (前)

ある夏の日の午後、京介、大和、透の三人は事務所に集まっていた。

今日は美香から「依頼人を呼び込む方法を、みんなで考えておいて」と言われていたため、しぶしぶ作戦会議中だった。


「……依頼人を呼び込む方法、ねぇ」

京介はソファに深く腰を沈め、天井を見上げる。

クーラーの風が、髪をゆるく揺らした。


「そもそも、依頼ってのは向こうから来るもんだろ? こっちから探しに行くって、なんか違わねぇか」

「でも、このままだと、本当に誰も来ないままになってしまいますよ」

大和が机の上のメモ帳を見つめながら、心配そうに呟く。


透は紅茶を一口飲み、肩をすくめる。

「チラシでも配って呼び込みしますか?」

「チラシですか……でも、それって探偵社っぽさは出ますけど、逆に怪しまれそうですね」

大和が遠慮がちに口を挟む。

「いや、もう十分怪しいだろ、このメンバー」

京介がぼそっと言うと、大和は困ったように笑った。

「……まあ、言われてみれば」

その返しに透は軽くため息をつき、紅茶を置いた。

「なら、地域の掲示板とか商店街に張り紙でも――」

透が言いかけたそのときだった。


カラン、とドアベルが鳴る。


全員の視線がそちらへ向いた。

入ってきたのは、小柄な少女――静だった。

肩口までの黒髪が少し乱れ、息を整えながら事務所の中に入ってくる。

その腕の中には、小さな茶トラの子猫が抱かれていた。


「……おまえ、それは?」

京介が思わず立ち上がる。

「帰り道で……車道の近くにうずくまっていて……怪我してたので」

静はおそるおそる説明しながら、子猫を見せた。



近くで見ると、右前足から血が滲んでいる。細い首には、古びた革の首輪が付いており、小さな金色のプレートが光っていた。


「首輪があるってことは、飼い猫だ」

大和がのぞき込む。

「はい……」

静は小さくうなずくと、子猫の背をやさしく撫でた。

透が身をかがめ、指先でプレートに軽く触れる。

「番号が刻印されていますね。これに連絡すれば、飼い主がわかるはずです」

透がスマートフォンを取り出し、番号を押す。だが、すぐに眉をひそめた。

「……繋がりません。留守電にもなりませんね」

京介は腕を組み、子猫を見下ろす。

「さて、どうするか……怪我してる以上、このまま放っておくわけにはいかねぇな」

「動物病院なら、商店街の端にありますよ」

大和が提案する。

「じゃあ、とりあえずそこに連れてって……そのあとで飼い主探しか」

京介はそう言って透と視線を交わす。


依頼人を呼び込む方法を考えるはずが――最初の依頼は、思いがけず自分たちの足元に転がり込んできたようだった。


-----


四人は商店街の端にある動物病院へ向かった。

ガラス越しに見える待合室は涼しげで、消毒液の匂いがほのかに漂っている。

診察室に通されると、白衣の女性獣医が手早く子猫を診てくれた。

「擦り傷ですね。幸い骨折や内臓の損傷はなさそうです。薬を塗って包帯を巻いておきますね」

静は緊張した面持ちで、それをじっと見守る。


処置が終わると、子猫は小さな声で「みゃあ」と鳴き、静の腕に顔をうずめた。

その仕草に、京介は「……なんか懐かれてるな」と呟く。

静はわずかに頬を赤くし、「……そう、でしょうか」と小さく答えた。

会計を済ませて外に出ると、商店街はまだ夏の日差しに焼かれていた。

透がスマートフォンの画面を見ながら報告する。

「首輪のプレートの番号、やはり繋がりません。ただ、よく見ると住所らしき文字も刻印されています。この近くではないようですが」



「じゃあ、直接探すしかねぇな」

京介がそう言うと、大和が首をかしげた。

「でも、どうやって……?」

透は少し考えてから、淡々と答えた。

「まずは、プレートに刻まれた住所を手掛かりに向かってみましょう。そこに飼い主がいなければ、近隣で聞き込みをする」

静は子猫を胸に抱きしめ、強くうなずいた。

「……はい。きっと飼い主さん、探してるはずですから」

その顔を見て、京介は小さく息を吐く。

「……ったく、依頼人を探す前に、依頼そのものが飛び込んでくるとはな」

透が口元をわずかに緩める。

「まあ、こういうのも仕事のうちでしょう」

こうして、彼らの「最初の依頼」は、子猫の飼い主探しから始まった。


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