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二部 十一話 内気な少女 続5 本当の解決

「……なあ、草薙。昨日、掲示板の三人のログ使用履歴を調べていた時、何か気になることはなかったか?」

京介の問いかけに、美香は少し驚いた様子で振り返った。

「ええ、実は。三人の中に最初に掲示板へ噂を流した人がいて……浅野の聞き込みの時に女子生徒から聞いた『浅野に恋していた田中麗奈』という人物だったの」

美香は記憶を辿るように慎重に言葉を選ぶ。

「確か、その田中麗奈という人が浅野を好きで、周りに告白できないと愚痴をこぼしていたという話だった」

「三年の田中麗奈ですか」

室内に重い沈黙が流れた。松山は先ほどよりも深刻な表情を浮かべ、困ったようにうつむいた。

「三年三組の生徒ですね。確かに問題行動を起こしやすい生徒として、以前から注意深く見守っていました」

「やっぱり……」

美香は小さくつぶやいた。

「恋愛感情からの逆恨み。浅野がストーカー行為で処分された後、その腹いせに静ちゃんを標的にしたということか」

京介が推理を口にする。

「でも、直接手を下さず後輩を使うなんて、相当計算高いですね」

劉が冷静に分析した。

「田中麗奈が黒幕だとして、どうやって証拠を掴むんですか?」

大和が不安そうに尋ねる。

松山は深くため息をついた。

「まずは田中と、今日の件で関わった生徒たちから事情を聞く必要があります。ただし……」

松山の視線が静に向けられる。

「新田さん、あなたの安全が最優先です。しばらくは一人で行動しないよう、十分気をつけてください」

「はい……」

静は小さく頷いた。しかし、その表情には拭いきれない不安が色濃く浮かんでいる。

美香がその様子に気づいて立ち上がった。

「静ちゃん、心配しないで。私たちがついているから」

「でも、これ以上みんなに迷惑をかけるわけには……」

「迷惑だなんて思っていないよ」

京介が静の言葉を遮る。静は振り返り、京介を見つめた。

「……思っていないよ」

京介は思わず出てしまった自分の言葉に戸惑いながらも、真っすぐに静を見つめて繰り返した。

「京ちゃんの言う通りだ。それに、ここまで来たら最後まで付き合うよ」

劉も力強く頷いた。

「ありがとう……みんな」

静の目に涙が浮かんだ。

予期せぬ展開

その時、松山の携帯電話が鳴った。

「失礼します」

松山は電話に出る。

「はい、松山です……え?田中麗奈が?……分かりました、すぐに向かいます」

電話を切ると、松山の顔は険しくなっていた。

「どうしたんですか?」

美香が尋ねる。

「田中麗奈が職員室に来て、自分がやったと自白したそうです」

「自白?」

一同は驚いた。

「ただし、条件があるようで……新田さんに直接会って謝罪したいと言っているそうです」

静の顔が青ざめる。

「それって……」

「罠の可能性も否定できませんね」

大和が慎重に意見を述べた。

「でも、これは好機でもある。松山先生の監督の下でなら安全だし、真相を聞き出せるかもしれない」

京介が提案する。

松山は少し考えてから言った。

「分かりました。ただし、私も同席します。そして何か異変があればすぐに中断します」

「分かりました」

静は震え声で答えた。


十分後、彼らは職員室へ向かっていた。廊下を歩きながら、京介は静の隣を歩く。

「大丈夫?」

「うん……でも、なぜ急に自白なんてしたんだろう」

「それは会ってみれば分かるよ」

美香が振り返る。

「案外、罪悪感に耐えきれなくなったのかもしれない」

職員室の前に着くと、松山が振り返った。

「では、入りましょう。何があっても冷静に対応してください」

扉が開かれる。

室内には、茶髪のショートカットの女子生徒が一人、椅子に座って俯いていた。顔を上げると、泣き腫らした目が赤くなっているのが分かる。

「田中麗奈です」

彼女は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「新田静さん……本当に申し訳ありませんでした」

静は言葉を失って立ち尽くしていた。

この瞬間から、真相を巡る最後の対話が始まろうとしていた。

真相の告白

「座ってください」

松山が全員に椅子を勧める。田中麗奈は再び座り、手をぎゅっと握り締めていた。

「田中さん、まずはなぜ自白しようと思ったのか聞かせてください」

松山の質問に、麗奈は顔を上げた。

「今日……校舎裏で起きたことを聞いて、怖くなったんです。まさかあそこまでエスカレートするなんて思わなくて……」

「『あそこまで』ということは、最初からあなたが指示していたということですね」

「はい……」

麗奈の声は震えていた。

「でも、暴力を振るえなんて言っていません!ただ脅すだけって……」

「脅すだけ?それでも十分問題でしょう」

美香が眉をひそめる。

「分かっています……分かっているんです」

麗奈は再び俯く。

静はまだ何も言えずにいた。目の前にいるのは、自分を苦しめ続けた張本人。しかし、その姿はあまりにも小さく見えた。

「なぜ静を標的にしたんですか?」

大和が口を開く。

麗奈は静をちらりと見て、また視線を落とした。

「浅野君が……浅野君がストーカーで処分された時、私、すごくショックだったんです」

「ショック?」

「私、浅野君のことが本当に好きだったから。でも彼は新田さんのことばかり見ていて……」

麗奈の声が次第に大きくなる。

「なぜ新田さんなんだろうって。私の方が浅野君と仲良いのに、私はサッカー部のマネージャーとして一緒にいたし、ご近所さんだから一緒に過ごした時間も長かったのに……」

「それで逆恨みしたということ?」

大和が信じられないという表情で言った。

「最初は違ったんです!」

麗奈が突然立ち上がる。

「最初は、新田さんがもう少し浅野君に優しくしてくれれば、彼もあんなことしなかったのにって思っただけで……」

「それが嫌がらせに変わったのはなぜ?」

松山が冷静に問う。

麗奈は再び座り込んだ。

「浅野君が転校することになったって聞いて……それで、すべて新田さんのせいだって思うようになって……」

京介たちは少し驚いた。浅野は停学処分としか聞いていなかったからだ。おそらく、ストーカー騒動がかなり広まったことで学校に戻りにくくなったのか、はたまた両親の意向なのか……今考えても仕方のないことだ。京介は再び話し合いに集中する。

すると静がようやく口を開いた。

「私……浅野君には何度もやめてって言ったの。でも聞いてくれなくて……」

「知っています」

麗奈が静を見つめる。

「本当は知っていたんです。新田さんは悪くないって。でも、憎む相手が欲しかったんです」

室内に重い沈黙が流れた。

具体的な手口

松山が口を開く。

「田中さん、具体的にどのような指示を出していたのですか?」

「最初は、静さんのクラスの女子たちに新田さんを無視するように言っただけでした。でも、それだけでは物足りなくて……ネットに書き込みをして、もっと大きく騒ぎにしようって」

「そして今日の件は?」

「三年の男子に頼んで後輩に……ただ脅すだけって言ったんです。本当に」

「その男子たちは誰ですか?」

美香が食いつく。

「田島と……あと二人」

麗奈は名前を挙げた。松山がメモを取る。

「後輩にはどのように頼んだのですか?」

「お金を払って……アルバイト代みたいな感じで」

「お金で?」

京介が驚く。

「そんなことのためにお金を……」

「私、憎しみで頭がおかしくなっていたんだと思います」

麗奈は涙を流しながら言った。

「新田さん、本当にごめんなさい。取り返しのつかないことをして……」

寛容な心

静は麗奈を見つめていた。怒りよりも、哀れみのような感情が湧き上がってくる。

「田中さん」

静がゆっくりと口を開いた。

「私も……もっと早く誰かに相談すべきだった。一人で抱え込まずに」

「新田さん……」

「もう、これで終わりにしましょう」

静の言葉に、麗奈は声を上げて泣き始めた。

「ありがとう……ありがとうございます……」

松山は静の成熟した対応に感心していた。

「田中さん、あなたには当然処分があります。しかし、自ら名乗り出て謝罪したことは考慮します」

「はい……」

「そして関わった先輩、後輩たちにも適切な対処をします」

松山は手帳を閉じた。

こうして、長く続いた嫌がらせ事件は、予想もしなかった形で幕を閉じようとしていた。しかし、静にとって本当の癒しはこれからなのかもしれない。



帰り道、三人は校門を出て並んで歩いていた。

夕焼けが校舎を赤く染め、静かな風が制服の裾を揺らしている。

「結局、田中麗奈は反省してるみたいね」

「……彼女も、本当は誰かに気づいてほしかったのかもしれないね」

静の言葉に、美香は頷いた。

「人って、簡単に助けてって言えない。でもその『言えない声』を、誰かが拾わなきゃいけない」

「それが……『ヒーロー』の仕事か」

京介がつぶやいた。

美香は空を見上げ、まるで自分に言い聞かせるように言った。

「……これでやっと、最初の一歩なのよ」

彼女の横顔は、夕焼けの中でどこか誇らしげで――

そして、とても美しかった。



それから——

静は久しぶりに、心から笑っていた。

生徒指導室での一件は、関係者以外には詳細が伏せられたが、学校内では「いじめ事件の黒幕が自ら罪を認め、処分された」という噂が瞬く間に広まった。

——だが、その内容に静の名前が上がることはなかった。

学校は、新田静を守るように動いてくれた。

そして、静自身も少しずつ変わっていた。

「静ちゃん、今日のお弁当、めちゃくちゃ美味しそう!」

「えっ……うん、ありがとう。早起きして作ったの」

昼休み、教室の窓際で、クラスメイトの唯が声を弾ませて言った。

静は、お弁当箱を少し恥ずかしそうに差し出すと、唯が「一口ちょうだい!」と笑う。以前の彼女なら戸惑っていたかもしれない。でも、今の静は笑顔で「いいよ」と差し出すことができた。

教室の空気が、あの頃とはまるで違っていた。

静に話しかける生徒が増え、自然と会話の輪に入れるようになった。

心無い視線も噂話も、今はほとんど消えていた。

——静かに、けれど確かに、新しい日常が始まっていた。


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