二部 九話 内気な少女 続3 潜伏
翌日の昼休み、美香のスマートフォンに静からの着信が入った。
「美香さん!どうしよう、放課後に大和君と一緒に校舎裏に来いって、クラスの人から呼び出されて……その人たち柄が悪くて、暴力を振るうような人たちで……」
静の声は震えており、切羽詰まった様子でまくし立てる。
「え!今まで直接的な被害はなかったのに……」
美香は急な展開に困惑した。
「とりあえず、放課後まで時間はある。すぐにみんなに連絡して助けに行くから」
「う、うん。お願いします」
美香は静からの電話を切ると、すぐに透に連絡を取った。
「承知いたしました。急に動きましたね……とりあえず私は静様の校舎に侵入する準備を整えます。
美香様は京介様へのご連絡をお願いします」
次に京介に電話をかける。
「え?は?急に校舎裏に来いって?昭和のヤンキーじゃあるまいし……」
「いいから、早く下校の準備をして事務所で待機してて。杉原君と違って、矢田君なら教室からいなくなっても問題ないでしょ!」
「ひでぇな、おい」
焦っているのか、美香の物言いは容赦がない。京介は机のリュックをひったくるように掴み、事務所へ向かった。
事務所に着くと、すでに美香と透が話し合っていた。どうやら京介がいない間に話がまとまっていたようだ。
「作戦はこうです」透が説明する。「校舎裏の草むらに隠れて証拠を掴み、それを教師に見せて対策を促す。ピンチをチャンスに変える作戦ですね」
「私はいつでもお二人が逃走できるよう、近くで車を待機させておきます」
放課後になり、下校する生徒や部活に向かう生徒たちの声でにぎやかになる始める
「そろそろ来るかな」
美香がささやくように言い、京介も言葉を返そうとした瞬間ーー
「あっついなー」
「校舎裏は影があるから、結構涼しいぞ」
茶髪に学ランを着崩した男子生徒が二人やってきた。一人はそばかす顔、もう一人は小太りなのが特徴だった。
「なーんで俺らがこんなことしなきゃいけないんだよ」小太りがぼやく。
「仕方ないだろ。三年の先輩に命令されたら断れねえよ」
そばかすの生徒が重要なことを口にした。
草むらに隠れていた京介と美香は顔を見合わせる。
「この元締めは三年生か……」
「三年生……もっと情報を引き出してほしいわね」
「あ……」美香が小さく声を上げる。
「二人が来た」
小太りとそばかすも気づいたようで、「やっと来たね、お二人さん」と声をかけた。
静と、細身で眼鏡をかけた男の子──静の話で聞いた大和だろう──が現れた。
「何の用ですか」
少し声が上ずっているが、大和は静の前に立って言った。
「いやね、最近お二人がクラスで熱々で、クラスのみんなから苦情が来てるんだよ。静ちゃんが大和君に言い寄ってて、見てられないってさ」
「そうそう、だからクラスを代表して教えてあげてるんだよ」
静と大和は顔を赤くして否定する。
「いや、僕らはただ同じゲームが好きで、たまに話してるだけで……」
「そうです。私たち、ただのお友達です」
「いやいや、そう見えちゃってる時点でねー」
そばかすは二人をからかうように、いやらしく笑った。
草陰で様子を見ている美香と京介はイライラしていた。
「あいつら、二人がうらやましいだけだろ」
「余計なことして……二人が気まずくなったらどうするのよ」
「どうする?大した証拠にはならないが、三年の先輩がいること、『クラスのみんなが言ってる』っていう言質は取った。あとは不良二人を捕まえて、教師の前で吐かせるか」
「そうね……もうただの妬みみたいになって……」
美香が情報収集を終えようと考えた瞬間だった。
「あー、いいから離れてろって言ってんだよ!」
「うわ!」
「大和君!」
小太りが大和を突き飛ばし、静に殴りかかろうとした。
「やばっ!」
「しまった!」
京介と美香は同時に動いた。美香は小太りの手が上がる寸前、静の前に滑り込んで割って入る。
攻撃の瞬間、怒りが引き金となって彼女の能力が発動した。
腕力が一時的に上昇し、加害者の腕をはじき飛ばす。
「は?誰だよ、お前」
「美香さん!」
「暴力は立派な犯罪よ。動画だって……!」
美香が警告し終わる前に、小太りは美香に殴りかかってきた。
その間、京介は静と大和を回収し、後ろでかばっている。
「二人いたのかよ。おい、そいつら逃がすな」
指示されたそばかすが京介たちに襲いかかった瞬間、京介の周囲にうっすらとした光の膜のようなものが広がった。それが静と大和の周囲を囲み、加害者の侵入を拒む。
本人は無自覚だったが、相手が踏み込もうとした瞬間、何かに押し戻されるのだ。
「な、なんだこれ?」そばかすは困惑している。
「……なんか……壁みたいなのがある……?」
「……八田さんや私たちの周りが……光ってる……」
「えっ、いや、これどうやって消せば──」
大和と静は困惑し、京介は困惑している
美香が小さく舌打ちする。「……マズい」
三者三様に混乱していたその時だった。
「こら誰だ、校舎裏にいるのは?」
大人の男性の声が響いた。
「やべぇ、この声、生徒指導の松山だ!」
不良二人組はそそくさと逃げていく。美香と京介も逃げようとしたが、次に聞こえた声で足を止めた。
「草薙さーん、京ちゃーん、いるー?」
「劉⁉」
「あ、いたいた」
笑顔の劉の後ろには匠と、スーツを着た男性が立っていた。光のバリアは自然と消えていた。