二部 八話 内気な少女 続2 SOS
作戦会議は行き詰まっていた
誰からともなく口を閉ざし、ぼんやりと机に並べられた資料を眺めていたときだった。
階段を上ってくる、ゆっくりとした足音が聞こえた。
扉が、ノックもなしに静かに開く。
「……入っても、いい?」
その声に、京介たちは一斉に顔を上げた。
そこに立っていたのは――静だった。
あの狐のぬいぐるみ握りしめながら、
それでも、その足は、ちゃんと前を向いていた。
劉が、驚いたように目を見開く。
「静ちゃん……!」
静は、少しだけ笑って言った。
「……来ちゃった。ごめんね、急に……。でも、どうしても……顔が見たくて」
劉がすぐに立ち上がって、静のそばへ駆け寄る。
「静ちゃん、大丈夫……だった?」
「うん、直接暴力を振るわれてるわけじゃないから…」
その言葉は、泣いているわけじゃないのに、どこか泣きそうに聞こえた。
「でも……教室では、まだひとりぼっちで。何を言っても、何をしても、全部裏目に出る感じで……苦しかった。どうしたらいいのかわからなくて、悩んでたら四人のこと思い出して…助けてくれると思ったの」
美香が、そっと近づいて手を差し出す。
「来てくれて、ありがとう。……私たち、静ちゃんの居場所をちゃんと作るから」
静は、涙をこらえるように目を細めて、その手を取った。
「……私、まだ強くなれないけど……でも、強くなりたい。だから、もうちょっとだけ……ここにいてもいい?」
「……バカだな、そんなのいいに決まってる」
京介は、小さく息を吐いて、目をそらした。
泣いてるのを見られたくなかった。
京介は意外と涙もろい
静はおずおずと口を開いた。
「……私、自分の机を触られたのって、何回目か分からないくらいで。
でも、最近は誰がやってるのか、少し分かってきた気がする」
「気づいてる子がいるってこと?」
美香が真剣な表情で尋ねると、静はコクリと頷いた。
「“目を逸らしてる”子と、“見張ってる”子の目線が、違うの。
……あの子、たぶん、全部見てる」
小さな違和感の積み重ね。
被害者だからこそわかる、空気の“ズレ”。
「……証言は、証拠にはならないけど、指針にはなるわ」
透に机を触れてもらえば特定できるだろう。
だが、わかるのは「机に触れた」という記録だけで、物的証拠にはならない。
能力について説明するわけにもいかない。
「やっぱり、静が直接証言しても、信じてもらえない可能性が高い。
“噂”の中では、静はもう加害者にされてるからな」
京介の言葉に、皆が顔を曇らせる。
だが、美香はきっぱり言った。
「だったら、やり返すんじゃなくて、"真実を暴く"のはどう?
相手に罪を自覚させて、きちんと謝罪してもらう。それが一番建設的よ」
***
――静が、もう一度、僕たちの前に現れた日。
彼女は怯えていた。でも、それ以上に、強かった。
誰だって、あんな目にあったら、引きこもって当然だ。
それでも彼女は、自分の足でここまで来た。
その姿を見たとき、僕は――
胸の奥が、少しだけ温かくなるのを感じていた。
「静ちゃん、大丈夫?」
劉が駆け寄り、美香も無言で立ち上がる
彼女の目が、わずかに光ったように見えた。
たぶん、草薙はもう感じ取っている。
静の表情の裏にある、目に見えない「揺れ」を。
彼女はわかるのだ。
五感を通じて、感情の“揺らぎ”が、人の感情、変化、緊張……。それをエネルギーに身体を動かす
それが草薙美香の力。
感情の揺らぎをエネルギーに、自分の身体を強化する能力――
いわば、人の想いで動くヒーロー。
透は無駄な説明を省きながら、校内端末のログを提示し、掲示板の拡散時間や位置関係を指差す。
「この3人です。動かしているのはおそらくこの者たちです」
その中の一人の名前に、美香が目を細める。
彼女の目が、その瞬間、何かを“射抜いた”
京介はそんな風に感じた
明鏡中学 昇降口
「おはよう、静」
振り返ると、大和が心配そうな顔で立っていた。
「おはよう…大和君」
「なんか顔色悪いけど、大丈夫?」
大和の優しい言葉に、静は少しだけ救われた気持ちになった。
一人じゃない。
そう思えることが、今の静には何よりうれしかった。
だが、それを見ていた1人の女子生徒が、誰かにLINEを送った。
『静、また大和と仲良くしてます』
返信は即座に来た。
『分かったわ。計画を進めましょう』
静を巡る戦いは、新たな段階に入ろうとしていた。