二部 七話 内気な少女 続1
学校は、相変わらず退屈だった。
……いや、正確には、「退屈に見せかけるのがうまいだけ」かもしれない。
僕のような、ただの高校生が手を出せる範囲じゃない面倒ごとが、水面下で静かに動いている。
「何が“これで解決”だよ……」
誰もいない放課後の教室で、僕は机に突っ伏していた。
静の事件は、“終わった”はずだった。
学校はすぐに動いて、保護者会も開かれた。
透さんが証拠を揃え、浅野和馬も自白。
彼は停学処分となり、静への謝罪も行われた。
あとは静が、日常に戻るだけ――そう思っていた。
だけど、その後――。
一週間後。
京介たちヒーロークラブのメンバーが、再び廃ビルの部室に集まったとき。
劉が匠から受け取ったという報告は、予想を裏切るものだった。
「……最近、教室で静ちゃん、一人になってるみたいなんだ。
話しかけても無視されるって。机を勝手に離されたり、持ち物を動かされたり……」
――悪化している。
京介も、透さんも顔を曇らせた。
美香は、抑えきれない怒りをこめて言う。
「調べましょう。もう一度、静さんの周囲を」
透さんも静かにうなずいたが、その目には、はっきりと怒りと覚悟があった。
数日後、透は単独で静の通う明鏡中学校へ足を運んだ。
探偵を名乗る以上、現場を歩く必要がある。
外部の人間が簡単に入れる場所じゃないが、“教育支援”という建前と、草薙家の名前があれば話は別だ。
ありがたく――便利に使わせてもらっている。
職員室、校内掲示板、クラスの端末ログ、そして──
「……ありましたね」
校内ネットワークの履歴を調べていた透さんの声が、低く響いた。
前の加害生徒・浅野和馬が処分された“あと”に、掲示板へのアクセスが集中していた。
しかも、異なる複数の端末から。
匿名掲示板には、こんな書き込みが並んでいた。
──「また告げ口したみたい」
──「被害者ヅラうざい」
──「クラス壊したのはあの子だよね」
見るに堪えない内容。
しかも、それらはすべて、“静が悪い”という印象を作り上げるように、明確に計算された投稿だった。
だが、一つ気になる点があった。
最初に静への書き込みをした端末は、過剰な悪口を書いていたわけではない。
「うちの学校、ストーカーされた子いたみたい」――そんな、ただの“噂話”程度だった。
おそらく、掲示板だけではなく、口頭や他のSNSなど、別の手段でも噂が広げられているのだろう。
犯人は一人ではなく、複数人の可能性が高い。
「……いろんな手段を使うタイプか。厄介だな」
透は歯をぎりっと噛みしめた。
* * *
透が持ち帰った情報を、僕たちは事務所で共有した。
「匿名掲示板ってことは、誰が書いたのか分からない上に、不特定多数が対象になりますね……」
劉が沈んだ声で言う。
「しかも、掲示板は手段の一つでしかない。
実際に手を出してるのは、“命令された”わけじゃなくて、周囲が勝手にやってること。
……一人一人を止めてたらキリがない」
京介もつぶやくように言った。
美香の声には、怒りとも悔しさともつかない震えがあった。
「正義が届かない場所があるって、分かってた。
でも……こんな形で“遮られる”なんて……」
「……草薙」
京介は美香の肩に、そっと手を置いた。
「『無責任だって言われたっていい。私たちは“やらない後悔”より、“やった後悔”を選ぶクラブなの』
――って、クラブを作ったときに言ったのは草薙だろ?
なら、最後まで徹底的にやろう」
美香は、驚いたように目を見開き、それから、ふっと目を伏せて笑った。
「……八田君って、時々ずるい」
そのときだった。
透が、ポケットから一枚のカードを取り出して差し出した。
以前、「探偵社の名前、まだ決まってないから1人1案は考えてきてね」
――そう言って、美香にカードを預けたことがあった。
真っ白なカード。その中央に、手書きの文字がある。
『余白探偵社』
「空白があるから、記録は残る。余白があるから、意味がある。……母が、よく言っていた言葉です」
透の声は、いつもと変わらなかった。
けれど、その奥には確かに、“覚悟”が宿っていた。
「いい名前。……気に入った、“表の探偵さん”」
美香が、静かに微笑んだ。
ヒーローたちの、もうひとつの顔。
その名前が、ようやくここに生まれた。