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Day 6

投稿遅れてすみません

Day 6

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午前4時12分 研究所 屋上 通信端末前


夜明け前の武漢の空に、煙の匂いが漂っていた。

遠くから断続的にサイレンが聞こえる。

昨夜のB棟爆発は、「事故」として処理されているが、それを信じている者は、もう研究所にはいなかった。


私は屋上にいた。

最後の送信──**USB内の「WZ-34 完全ゲノム配列と感染性変異マップ」**を、残り38%の地点から再開させるために。

通信ログを削除できる猶予は、あと12分。


画面には、

[Sending: 39%... 41%... 46%...]

というバーが、静かに進んでいく。


──この送信が完了した瞬間、私は国家機密漏洩者になる。

──でも、やるしかなかった。

このまま闇に沈めば、ジャンの死も、陳の葛藤も、無意味になる。


私は深呼吸しながら、静かに送信完了を待った。


午前4時19分。


「送信完了」。

USB内の全データが、オランダ、カナダ、シンガポールの3拠点へ到達。

受信確認の自動返信が、衛星端末の画面に浮かび上がった。


私の胸ポケットに入っていたもう1本のUSB──“バックアップ”は、ジャケットの内側ポケットに深く押し込んだ。


「……もう戻れないな」


午前7時06分 研究所・医務室


ジャンはまだ意識不明のままだった。

NV-047は確かにウイルスの進行を一時止めたが、根本的治療ではなかった。


体温は上がり、再び出血が始まっていた。

医療スタッフは全員、防護服にフェイスシールドという戦場さながらの格好で、彼を囲んでいた。


私はモニターに映る彼の心電図を見つめながら、ふと思った。

──ウイルスは、命を奪うだけではない。

恐怖、疑念、沈黙……それら全てをもって、人の社会を崩壊させる。


午前10時32分 ラボ・封鎖制御センター


陳がやってきた。

白衣ではなく、黒い戦術ベストの上から研究所のIDを提げていた。


「……送ったか?」


私は黙って頷いた。

彼はほんの一瞬だけ目を閉じた。そして、それきり口を開かず、懐から1枚の書類を差し出した。


「これが、WZ-34のP3株。

今朝、別のラット系細胞で複製実験を行った結果……神経細胞のアポトーシス(自死反応)を誘発していた。

肺だけじゃない。脳にまで侵入してる。

つまり、このウイルスは**“神経組織嗜好性”**を持つ可能性がある」


私は震える指でそのレポートを受け取った。

──中枢神経系に感染するウイルス。

つまり、精神錯乱、けいれん、呼吸中枢の停止。

「ただのコロナ」ではない。これはもう、新種の**“出血性・神経侵襲型パンデミックウイルス”**だった。


午後13時21分 研究所地下・P4バイオロックエリア


緊急招集された研究員が集まっていた。

国家安全局の職員らしき男が、軍服の上に防護服をまとって前に立つ。


「これより、WZ-34関連情報はすべて中国軍の管理下に置かれます」

「現時点で国内において類似症状の患者数は172名。うち38名が重篤。発症地は……武漢市外にも確認されています」


私たち研究者は、誰も言葉を発しなかった。

誰もが理解していた。

──封じ込めは失敗した。


午後16時00分 医務室観察ログ


ジャンの容態に異変が生じた。

突然、痙攣が始まり、モニターが警報を鳴らす。

血圧低下、SpO2(酸素飽和度)急降下。


「……ジャン!持ちこたえろ!」


私と医療班は、懸命に処置を試みたが、ジャンの体は急速にシステムを崩壊させていった。


午後16時28分。


ジャン死亡確認。

年齢:27歳

死因:ウイルス性出血熱併発DIC、多臓器不全


私は、彼の冷たくなった手を静かに握り、目を閉じた。

「……すまない。助けられなかった」


午後18時17分 屋上 通信装置付近


陳と並んで、私は夕焼けを見つめていた。

下では、B棟の再封鎖作業が進んでいる。


「蓮。……データ、外に届いたか?」


「……ああ、届いた。もう止められない」


陳は、遠くの空を見た。


「だったら、あとは俺たちが“終わり”を見届ける番だな」


「いや。終わりじゃない。……ここから“始める”んだ」


──「WZ-34」

ただのコウモリの死骸から始まったこの物語は、

もう「実験」でも「事故」でもない。

世界を巻き込む、“現実”になっていた。



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