Day 5
※現実の事件とはなっっっっっっっっっっんにも関係ありません
午前7時42分 研究所・医務隔離室
助手リウ・ジャンは依然として重篤状態にあった。
紫斑は体全体に広がり、目は虚ろで、出血は口腔と直腸の両方から観察された。
彼の意識は混濁し始めており、既にサイトカインストームはピークに達していた。
陳が持ち出した**試作抗ウイルス薬「NV-047」**を投与するかどうか──判断の時が迫っていた。
「このままだと、彼は……24時間以内にDICで多臓器不全を起こす」
私は静かにそう言った。
誰も反論しなかった。
「投与する。実験動物じゃない。彼は俺たちの仲間だ。可能性があるなら、賭ける」
投与時刻:午前7時55分
初回投与量:150mg/kg(ラット試験に基づく安全域内)
午前11時03分 ラボ・観察室
ジャンの体温はわずかに下がり始めた。
IL-6、TNF-α、CRPの値に微弱な下降傾向。
同時に、出血斑の拡大は一時停止。
「効いてる……?」
私は数値を睨みながら呟いた。
陳が言った。
「まだ分からん。ウイルスの増殖は止まっていない。むしろ、やや加速してる可能性がある」
「薬が……炎症を抑えてるだけ?」
「そうだ。原因ではなく、反応を鈍らせてる。つまり、時間を稼いでるだけだ」
午後13時15分 研究所 屋上通信装置付近(機密記録)
私は前夜、陳から受け取った通信キーを持って、再び屋上へと向かった。
リュウの容態は一時安定したが、長くはもたない。
私の中で「迷い」はほぼ消えていた。
屋上に設置された非常用衛星通信端末。
まだ起動は確認されていない。監視ログにも記録なし。
私は手元のUSBを差し込み、コンパイルした「WZ-34」の全データパッケージを、接続テストの仮想サーバーに見せかけて外部の知人研究者宛にパケット分割送信を開始した。
画面上には送信状況のバー。
数字が少しずつ進む。
21%...34%...46%...
「……頼む、間に合ってくれ」
そのとき、背後で何かが動く音がした。
私は慌てて画面を閉じ、データUSBを抜いた。
現れたのは、警備服を着た武装職員だった。
マスク越しの目が、こちらを見据えている。
「ここは立入禁止区域です。今、何を?」
私は咄嗟に答えた。
「冷却装置の温度アラームが鳴った。念のため確認に来ただけです」
男はしばらく私を見つめていたが、やがて無言でその場を去った。
送信はまだ62%までしか進んでいなかった。
「……チャンスはあと一度だな」
午後17時20分 ラボ・解析室
ジャンの血中ウイルス量は減少傾向に入った。
これは「NV-047」がウイルスのRNA複製酵素にも阻害作用を持つ可能性を示唆していた。
私はこの兆候をもとに、すぐに薬剤候補としての再評価プロトコルを作成。陳に見せる。
「これを記録しておけば、治療薬開発の第一歩になる」
陳は静かに頷いた。
「だが、記録するということは……誰かに奪われるということでもある」
「だからこそ、外に出す」
「……今夜、もう一度だけチャンスを作る。屋上の監視員が交代するタイミングがある。その時しかない」
午後18時13分 ラボ廊下(封鎖区域)
研究所は沈黙していた。
外から風の音さえ届かないこの空間で、私は再びUSBを手にして立っていた。
データは圧縮し直され、送信先は複数国の大学・医療機関へと分散ルーティングされるように組まれていた。
──“世界に希望を繋ぐためのパスワード”は、ただ一つ。
「蓮」。
私の名前、それだけ。
屋上の鍵が、ゆっくりと開いた。
18時42分 所内緊急放送
《警告:研究棟Bにて原因不明の爆発音が発生。全研究員は指定区域へ退避してください──》
私は廊下に飛び出した。
ガラス越しに見えたB棟の一角から、黒煙がのぼっていた。
陳もすぐ後ろから追ってくる。
「まさか、今さら……」
「WZ-34の別株だ」
陳の声は低かったが、確信に満ちていた。
「誰かが外に持ち出そうとした──あるいは、もう“誰か”が持ち出していた」
私は思わず立ち止まり、ラボ内モニターに目を向けた。
その瞬間、政府公式SNSアカウントのライブフィードが強制的にモニターに流れ出した。
そこには、武漢市内の病院前に押し寄せる市民の群れが映っていた。
ライブ映像:武漢 第三人民病院前
「隔離される!隔離されるぞ!マスクを配れ!」
「政府はまた隠してるんだろ! アノの時と同じじゃないか!」
病院の入口前には、数百人の市民が列をなしていた。
一部は金属バリケードを倒し、病院職員と口論している。
誰かが地面に崩れ落ちた。痙攣。吐血。
その映像に、誰かが叫ぶ。
「これはインフルじゃない!新しいウイルスだ!」
所内・作戦指令室
陳が口を固く結んだ。
「……もう、外の世界は“感染”と“薬”の情報で混乱してる。どちらが先に出たのか分からない状態だ」
「でも、なぜあの病院が……?」
陳は別の端末を操作し、あるスクリーンショットを私に見せた。
そこには──“NV-047(試験治療薬)”を持ち出した人物の監視映像。
「内部職員の一人が、NV-047を“正義”のつもりで外部に漏らした。
家族を助けるためだった、と言っていたらしい」
陳「……なんてことだ」
蓮「お前の部下は本当に糞だな....」
皮肉を言いながらもスマホを取り出すと、SNS上では、次のようなハッシュタグが急上昇していた
#新型出血熱
#武漢再封鎖
#政府隠蔽
#研究所爆発
#特効薬争奪戦
各地の都市ではパニック買いが発生し、薬局には長蛇の列。
黒市では“NV-047”の偽造品が出回り、正体不明の薬物を服用して倒れる者も出始めていた。
「お前が送った“真実”は届いた。
でも──真実は、いつも希望だけを運ぶとは限らない」
私は拳を握りしめた。
「それでも……黙っていたら、“何も始まらなかった”。この事態を止められるのは、俺たちだけだ」
バカでもわかるかもしれない要約
秘密研究所で流出の危機にある新型ウイルス「WZ-34」。感染拡大を止める唯一の望みは、未承認の試作薬「NV-047」。
■ 時系列の流れ
午前7時台~
助手リウ・ジャンが重篤な状態に陥る(出血、意識混濁、サイトカインストーム)。
試験段階の抗ウイルス薬「NV-047」が、緊急判断で投与される(150mg/kg)。
午前11時頃
体温・炎症反応マーカーに改善傾向が見られるも、ウイルス増殖は止まらず。
薬は「対症療法的」で、時間稼ぎに過ぎない可能性が浮上。
午後13時~
主人公・蓮が、ウイルス情報「WZ-34」の機密データを海外研究者へ密かに送信を試みるも、警備により中断(62%)。
午後17時~
ジャンの血中ウイルス量が減少し始め、「NV-047」がウイルスの複製酵素にも作用している兆候。
データを再送信すべく準備を整える。
午後18時過ぎ
再度、屋上から外部送信を実行(分散ルーティング+パスワード「蓮」)。
同時に研究棟Bで爆発。WZ-34の「別株」が拡散した可能性。
■ クライマックス
SNSには「武漢第三人民病院」の混乱するライブ映像。
市民の間で感染爆発への恐怖と政府不信が急速に広がる。
NV-047を家族に投与するため、内部職員が薬を無断持ち出していたことが判明。
結果、真実と薬の情報が混ざり合い、社会はパニックへ。