Day 3
中国語の翻訳がめんどくさかったので、今日は、陣と月俣の会話シーンは、すべて日本語にしています。ご了承ください。
朝8時過ぎ。研究所の空気は、明らかに変わっていた。
廊下を歩く研究員たちが目を合わせず、会話もほとんど交わされない。
不自然な沈黙が、建物全体を覆っていた。
俺はPCRの再確認のために、いつものようにラボへ向かった。
扉を開けると、見慣れた助手の一人──リウ・ジャンが、机にうつ伏せていた。
「……ジャン、大丈夫か?」
彼はゆっくり顔を上げた。目の下には濃いクマ、顔は汗ばんで青白い。
「すみません、先生……昨夜からちょっと、寒気と頭痛が……」
額に手を当てると、明らかに熱があった。
熱発。咳も。おそらく──感染の初期症状。
俺は心の中で何かが崩れる音を聞いた。
「昨日、P2株の接種実験で試料持ってたのは……お前か?」
「……はい。でも、手袋もマスクも、全部マニュアル通りで……」
もちろん、ミスなどなかっただろう。
だが──それでも感染した。
つまりこのウイルスは、ただの細胞培養実験の枠を越えた何かになりつつある。
昼前、陳が無言でラボに入ってきた。
「お前、今日熱測ったか?」
「……いや。平熱だ。37.1」
「まだわからない。感染してても、症状が出ないケースは多い」
彼の目は真剣だった。
「このウイルス、ACE2だけじゃない。他の受容体経路も持ってるかもしれない。つまり──“想定外の感染力”だ」
「……まさか、空気感染か?」
「まだ確証はない。でも、可能性はある。」
そう言いながら、陳は一枚の紙を俺に渡した。
そこには、新しい感染報告プロトコルと書かれていた。
「これ、上から回ってきた文書だ。今後は症状の有無に関わらず、全員が1日2回、隔離観察される。あと、さっき本部から正式な命令が出た」
その瞬間、館内放送が流れ始めた。
「全研究職員に通達します。
本日15時をもって、当研究所は封鎖措置に入ります。
出入り口は自動ロックされ、外部接触は禁止されます。
また、WZ-34関連データは国家安全局の監督下に移行します──」
『──封鎖』。
それはもう、事態が研究の域を超えたことを意味していた。
「おい陳……俺たち、閉じ込められるぞ」
「今さらだ。もう“ここ”は、情報と人間の墓場みたいなもんだ」
俺はすぐ自分のデスクに戻り、クラウドにアップロードしていた解析データの一部を海外の知人にメール転送しようと試みた。
……だが、通信が完全に遮断されていた。
VPNもブロック。研究所内ネットも外部接続不可。すべて内部ルーターにリダイレクトされていた。
「終わったな」と思った。
でも、俺は諦めなかった。
俺には、もう一つの手段がある。
研究所の屋上から、衛星回線でデータを送信する旧型の非常通信端末。
あれなら、政府のネットフィルタを回避できるかもしれない。
「行ってくる」と、俺は陳に言った。
「馬鹿か。今、そこ使ったら確実にバレる」
「わかってる。でも、誰かが外に伝えなきゃ、このウイルスは……世界に出る」
俺はUSBに詰め込んだWZ-34の全データを胸ポケットに入れた。
命よりも重い、そのデータを。
階段を駆け上がるたび、鼓動が速くなる。
まるで自分が、ウイルスそのものになったかのように。
──屋上のドアを開けると、冷たい風が顔を叩いた。
遠く、夕陽が研究所の影を長く伸ばしていた。
俺は屋上の非常階段に向かって歩き出した。
ポケットにはWZ-34の全ゲノムデータと観察記録が入ったUSB。
それを外部へ送ることが、今の俺にできる唯一の「告発」だった。
しかし、屋上に通じる扉の前で──立ちふさがる男がいた。
「遅かったな、蓮」
……陳珍だった。
「やっぱり……お前、“上”の人間だったのか」
「上ってなんだ? 俺もずっとこの研究所にいた。お前と同じラーメンも食ったし、同じ細胞も扱ってきた」
「でも全部、最初から“監視”のためだったんだろ」
俺の言葉に、陳は静かにうなずいた。
「……俺の任務は、“WZ-34のような事態が起きたときに備えること”だった」
「だから封鎖を?」
「当然だ。こんなものを外に出せば、何が起こるか分からない。社会不安、経済崩壊、民族差別、国際非難……ウイルスよりも恐ろしいのは、人間のパニックだ」
俺は一歩前に出た。
「……でもな、陳。これは**“もう手遅れ”かもしれない**んだぞ」
陳は一瞬、目を細めた。
「どういう意味だ?」
「ジャンだ。助手のリウ・ジャン。発熱と咳。もう感染してる可能性がある。」
「彼は接種室にしかいなかったはずだ」
「だから怖いんだ。もし飛沫や接触でなく、空気感染だったら?
その間にラボ内で誰かが街に出てたら? 封鎖が1日遅れただけで、もう……」
俺は唇をかみしめた。
「これは、時間との勝負だ。世界に早く知らせなきゃ、本当に広がる。」
陳は黙っていた。風が屋上のドアを揺らす。
「……お前の気持ちは分かるよ、蓮。
でもな、それを外に出した瞬間、お前は“責任”を取れなくなる。
お前の名前で、世界がパニックになるかもしれない。
本当にそれでいいのか?」
「違う。責任を取るのが怖いんじゃない。
“黙っていた結果”に、誰も責任を取らないことが怖いんだ。」
二人の間に、数秒の沈黙が流れた。
やがて陳が、懐から小さな金属製の鍵を取り出した。
「これが屋上通信端末のバッテリーキーだ。
でも言っておく。これを使った瞬間、監視ログに履歴が残る。
お前は“機密漏洩者”として扱われるだろう」
俺は手を伸ばした。
「それでも、真実が闇に葬られるよりマシだ。」
陳は最後にこう言った。
「……だったら、せめて“最悪のケース”だけに絞れ。
感染力、致死率、変異の可能性──
お前が送るなら、希望じゃなく、事実だけにしろ。」
俺はわかっていた。陳もホントウは、一刻でも早く外にウイルスのことを伝えたいということを。
俺は小さくうなずき、彼の手からキーを受け取った。
陳はそれ以上何も言わず、階段の下へと消えていった。
屋上へ続くドアが、ゆっくりと開く。
遠くに沈みかけた夕日が、研究所の陰を長く伸ばしていた。
馬鹿でもわかる、今日の流れ
研究助手が体調不良になっていた。もしかして、月俣が見つけたウイルスに感染したのかも!
しかも、助手は、深く研究には関わってないから、感染力が強すぎるのか空気感染したかもしれない!
しかも、館内はこの事実を隠そうとしている!
そんな中、月俣は、このヤバさをこの世に早く伝えようとした。でも、親友でもあり上司でもある陳から止められた。
ここで陣が「封鎖側」についていることに気づく。
意見の食い違いで揉めてモヤモヤしている蓮だが、陳が見兼ねて、手助けを少しした。
はたして陳は、「ソッチ側」なのか?