2.8.仮面の、下の仮面
林の中、静かに風が吹き抜ける。
ユウは、いつものように荷物を下ろし、今日の検証に取りかかる準備をしていた。
今回のテーマは――擬装魔法。
姿、声、雰囲気、魔力波形までもを理論的に組み立てて別人に成りきる魔法。
「解析・創造と違って……これは、“なりきる”技術だ」
ユウは、まず小さな鏡を取り出した。
自分の顔を確認してから、深く息を吸い、魔法陣を展開する。
■1日目:見た目の変化だけ
「擬装・視覚構築――開始」
手を前にかざすと、薄い魔力の幕が身体を包み込む。
髪の色、目の色、輪郭、背丈……“ユウ”という情報が、別の姿へと書き換わっていく。
「……よし、変わった」
目の前の鏡には、“ユウではない誰か”の顔が映っていた。
けれど、声はまだそのままだし、魔力波形も本人のまま。
外見だけの擬装は、不完全だ。
■2日目:声と雰囲気の構築
「擬装・声帯パターン変更……っ、ちょっと喉に違和感が……」
声を変えるには、喉の魔力制御が重要だった。
高すぎると声が揺らぎ、低すぎると響きが不自然になる。
(本来の自分を残さず、別人として“音”を生み出す……)
数時間の練習を経て、ようやく女声・少年声・老人風など、
いくつかの声色を安定して使えるようになってきた。
■3〜4日目:魔力波形と“雰囲気”の再現
「擬装・魔力波形パターン切替――」
これが最も難関だった。
魔力量、属性傾向、波形の“個性”……それらを他人のように偽るには、膨大な演算処理が必要になる。
ユウは、過去に記録していた街で見かけた冒険者の魔力波形をベースに、近い構成を再現しようと試みた。
成功率は低かったが、時間と集中力を重ねることで、
少しずつ他人の“気配”に近づいていく。
また、擬装対象が“無個性”だと、逆に違和感が出やすいことにも気づいた。
「何者か分からないのに、気配が整っている」=“偽者”とバレやすい。
だから、擬装する相手には、ちょっとした癖やしぐさ、歩き方も必要だった。
■5日目:街での擬装テスト(軽め)
ユウは、擬装を完了させてから、朝のミルゼットに足を踏み入れた。
姿は、少し年上の青年冒険者風。
髪も声も違う。背丈も微調整。魔力の気配も別人だ。
(……どこまで通じるか、試してみよう)
朝市の広場を歩き、道具屋の前で立ち止まる。
近くにいた商人がふとユウを見たが、特に反応はない。
「……初めて見る顔だな」
そう呟いた通りすがりの人の声が、耳に入る。
(よし、“ユウ”だとは気づかれてない)
それだけで、十分だった。
街を一回りしてから宿に戻り、擬装を解除する。
肩から力が抜け、額から汗がにじんでいた。
「……精神負荷、かなりキツいな」
「でも、擬装の完成度は、だいぶ上がった」
自分ではない自分になる。
その異様さと、同時に広がる可能性。
「この魔法は、俺の“盾”にも“剣”にもなり得る――」
ユウは静かに拳を握った。