3.父と長兄、そして閉ざされた門
その日、ユウは早朝の空気の中を歩いていた。
向かう先は――かつて「家」と呼ばれていた場所。
アルフェン子爵家。
石造りの塀、無駄のない装飾、整えられた前庭。
昔と何も変わっていないのに、ユウの足取りは、まるで違う意味を持っていた。
「……来てしまったね」
フェルの声は、控えめだった。
今は“人化”して、軽い旅装をまとい、ユウの横を歩いていた。
「うん。でも……行こう。ここで止まってたら、なにも変わらないから」
門を叩くと、家令が出てきた。
ユウを一目見て、小さく目を見開いたが、すぐに中へ通してくれる。
応接室に案内されたユウは、懐かしさと重圧に満ちた空間に腰を下ろす。
ほどなくして、最初に入ってきたのは――父、レオニス・アルフェンだった。
「……帰ってきたのか」
低く、乾いた声。
目は鋭く、感情を宿していないように見えた。
「一時的に。旅の途中で、少しだけ立ち寄っただけです」
「そうか。……そうか」
短いやりとり。
まるで互いに“言葉の剣”を抜くことを避けているような、そんな静かな戦いだった。
続いて現れたのは、長男のアルト。
昔から完璧主義で、家の期待を一身に背負っていた男。
ユウとは対照的な、堂々とした佇まい。
「珍しいな、ユウ。あれだけ家のことを避けてたのに、顔を出すなんて」
「理由があるなら?」
「あるとも。……君が“どんなふうに変わったか”を、確認しておきたかった」
会話は続かなかった。
アルトはユウの旅路にも伝説にも、いっさい興味を示さなかった。
「家を出た者は家族ではない」――その信条が、言葉にしなくても伝わってきた。
フェルがそっとユウの袖を引く。
その仕草が、どこかユウの心に温かな“ほころび”を生んだ。
ユウは立ち上がり、深く礼をした。
「今の僕は、“アルフェン家の跡取り”じゃない。ただの旅人です。
でも――僕は僕なりに、何かを残して歩いてます」
レオニスもアルトも何も言わなかった。
ただ静かに、ユウの背を見送っていた。
扉が閉まり、ふたりが歩き出したあと――
「……あれが、いまの“君”なんだね」
「うん。でも、不思議と、怖くなかったよ。たぶん――君が隣にいてくれたから」
フェルは、そっと手をつないだ。
あたたかく、確かに。
「ありがとう、フェル。……これで、少し前に進めた気がするよ」
門は閉ざされたままだった。
でもユウの心には、確かに“風が通った”。
それは、“閉じた記憶”をそっとなぞり、新しい未来へと吹き抜ける風だった。




