2.記録に眠る詩
テレミアの街に、雨が降った。
静かで細やかな春雨が、石畳を濡らし、瓦屋根をやわらかに叩く。
朝のうちに依頼を終えたユウとフェルは、昼前にはギルドから帰ってきていた。
宿の窓辺に座り、ふたりはゆったりとした午後の時間を過ごしていた。
「……ねえ、ユウ。ここって、ユウの“むかし”がいっぱいある場所、だよね?」
「うん……。でも、“いい思い出”ばかりってわけじゃないよ」
そう言いながらも、ユウは荷物の奥から一冊の古びたノートを取り出した。
それは――かつての自分が書きかけていた“未完の詩集”。
「……これ、持ち出すとき、ちょっとだけ迷ったんだ。
でも……今なら、ちゃんと“読み返してもいい”気がしたから」
フェルは膝を抱えて、ユウの隣にぺたりと座る。
瞳はきらきらと、ノートの表紙を覗きこんでいた。
ユウはページをめくる。
そこには、幼い言葉で綴られた詩たちが、時間の埃をまといながら眠っていた。
“風のように歩きたい
声を出さずとも届く
傷つけずに、傷つかずに
それでも誰かに、届くように”
「……小さい頃、家の中ではあんまり話せなかったんだ。
だから言葉の代わりに、“詩”にして、誰にも見せずにノートに閉じ込めてた」
「……やさしい詩だね」
フェルの声は、ささやきのようだった。
「“見えない風になりたい”って思ってたんだよ、昔の僕は。
誰にも干渉されず、でも、誰かの頬をそっと撫でられるような――そんな存在に」
ページをめくるたびに、過去のユウが、今のユウの中で小さく手を伸ばしてくる。
「でも、今の僕は……風になりたいんじゃない。
君と一緒に“歩く足”になりたいって、思ってる」
フェルの手が、そっとユウの手の上に重なる。
その手は小さくて、でもとても温かかった。
「……わたしも。ユウのそばを、歩いていたい。
ちいさな風でも、いっしょなら、ちゃんと“残る道”になるって、思うから」
雨音が、詩のようにリズムを刻んでいた。
窓の外では、街の風景が淡く揺れている。
忘れかけていた“詩の欠片”が、今――ふたりの中で、静かに“音”を取り戻していた。




