1.風のうわさと仮面の話
場所は、ルフェン公国のとあるギルド本部――
公国全土の支部から、職人ギルドや商人ギルドの職員たちが集う、年に数度の情報交換会。
会議の合間、緩やかな午後のひととき。
控室で、数人の職員がコーヒーを片手に雑談を始めていた。
「……ねぇ、最近ちょっと気になる人いない?公国内で」
「んー? 仮面の職人のこと?」
「やっぱりそっちも聞いてた? うちのヴィオラン支部でも噂になってるのよ。“レイン職人”って仮名らしいけど」
「ウチじゃ“ノール”って名乗ってたよ。仮面姿で無口。魔導具の動作補正の修復依頼、Fランクでサラッとこなした」
「ラウルさんもそうじゃない? 商人ギルドに登録されたばかりなのに、古い幻灯装置を再稼働させて、みんなで泣きそうになったのよ……静かに、優しくて……」
「わかる。どれも同じ人なんじゃないかと思う時がある。性格は違うように見えるけど、どこかで“同じ芯”を感じるというか……」
「共通してるのは“仮面”と“もふもふした相棒”でしょ? あの、名前なんだっけ……フェ、フェル?」
「いや、うちでは“フェノ”だった。銀毛の番犬……ってことにしてたけど、明らかに犬じゃないよね」
「うちでは“リーア”って名前で人型だったな。踊り子……だったと思うけど、あの目は……人じゃなかった」
(……沈黙)
「……で、結局、彼は何者なの?」
「さぁね。だけどさ――“あの人は伝説にならない”のが逆に不気味でしょ」
「そう。記録に残らない。でも、誰かの記憶には必ずいる」
「きっとまたどこかで、違う名前で現れるんじゃない? そっと助けて、そっと去って……」
「ねぇ……私たち、もしかしてとんでもない逸材を見逃してるんじゃ……」
「……仮面の裏が、ちょっとだけ気になるよね」
そんなふうに、
ギルド職員たちの間で、確かに語られていた――
“仮面の職人”
“静かな商人”
“踊る少女と、銀のもふもふ”
記録には残らない。
けれど、確かに存在した“風のような”ふたりの痕跡。
それは、
伝説という名を持たない、もうひとつの物語だった。




