5.風の灯火、未来への種
朝の森は、まだ深い霧に包まれていた。
ルミル=ナアの小さな宿を出たふたりは、森の奥へと静かに歩みを進めていた。
目指すのは――精霊郷の長老のもと。
旅立ちの前に、ひとつだけ、挨拶を済ませておきたかった。
◇
長老の館は、樹齢千年を超えるといわれる巨木《ティエラの枝殿》の中にあった。
「――ようこそ、“風の導かれし者たち”よ」
静かな声が、空気に染み渡るように届く。
現れたのは、白銀の髪と緑の瞳を持つ、老いたエルフの姿の精霊長。
その目は、フェルを見ると、ふわりと細められた。
「心を試し、風に認められた者よ。……そなたの中に、まだ揺らぎはあるが――」
フェルは、静かに頭を下げた。
「……でも、前に進みたいって、そう思ってる」
「ふむ……風の精は、時に“人の姿”をとって現れるという。
いずれ、その子は“風の精”となるやもしれぬ。どうか、その歩みに、灯火を」
長老はユウに視線を移す。
「……願わくば、“護る者”として、“見守る者”として……」
ユウはまっすぐにうなずいた。
「もちろん。俺の旅は、フェルと一緒です。どんな未来であっても――」
「ならば、ゆくがよい。
風は止まず、心が望むかぎり、流れ続ける」
◇
その後、ふたりは静かにルミル=ナアの町を抜けた。
風見の塔を遠くに眺めながら、緩やかな丘を越えていく。
「……ねぇ、ユウ」
「ん?」
「わたし、ここに来てよかった。森も、風も、精霊さんも……やさしかった」
「うん。君の中の風が、ちゃんと微笑んでた。俺には、それが何より嬉しい」
フェルはそっと手を伸ばし、ユウの指先に触れた。
「……また来ようね、いつか」
「約束だよ」
風がそっと吹く。
旅はつづく。
けれど、この街で過ごした時間は、確かにふたりの心に“灯火”を残していた。
それは、記録にも伝説にも残らないかもしれない。
でも――ふたりにとって、何よりも大切な“物語の一幕”だった。




