1.風の囁きと、森のさざめき
朝、まだ露の残る時間。
ふたりは、精霊郷の《宿り木の小道》を歩いていた。
小道といっても、整備された道ではない。
淡く光る葉が揺れ、足元には苔のじゅうたん。
風が吹けば、どこからともなく風鈴のような音がする――そんな、不思議な場所。
「なんだか、空気が……やわらかい気がする」
ユウがふと立ち止まり、肩越しに森を見渡す。
フェルも小首をかしげて、くぅん……と小さく鳴いた。
「森が……わらってる、ような気がする……」
ユウはうなずいた。
「この森……今日は、少し空気が違う気がする」
ふたりが言葉を交わした瞬間――
カサリ、と風に吹かれた木の枝がわずかに揺れ、
枝先に留まっていた一枚の銀葉が、空へと舞い上がった。
それは、まるで生きているかのように、フェルの肩元へとふわりと落ちてくる。
「……わぁ」
フェルの肩に触れた瞬間、葉がやさしく光を放ち、やがて溶けるように消えた。
ユウは、軽く息をのむ。
「……フェル、いまの……」
「うん。風が、わたしに……ふれた」
まるで、“選ばれた”かのような瞬間。
精霊の国では、時折、こうした“気まぐれな導き”があると聞く。
でも、それは誰にでも訪れるものじゃない。
――この小道が、ふたりを導いたのか。
――それとも、フェルの中にある何かに、風が呼ばれたのか。
森は、ただ静かに、葉を揺らしていた。
ふたりはそのまま言葉少なに、宿へと戻っていく。
けれどフェルの耳は、ずっとぴくぴくと揺れていた。
「……森の声が、なんか、すこし聞こえる気がする」
ユウはそれを聞いて、ほんの少し微笑んだ。
「きっと、それは君にだけ聞こえる音だよ」
――こうして、静かな風に乗って、物語の“始まり”が、そっと動き出した。




