4.記憶に咲いた、花ひとつ
◆森の奥、ふたりで
「ねぇ、ユウ。……ここ、なんか懐かしい気がする」
フェルは、森の奥の小径で足を止めた。
風に揺れる木々、静かに香る花の匂い。
どこか、心の深くをそっと撫でられるような空気が流れている。
「懐かしいって……来たこと、あったっけ?」
「……わからない。
でも、心のどこかが、ここを“知ってる”って言ってる」
ユウは、静かにうなずいてフェルに寄り添った。
「じゃあ、もう少し奥まで歩いてみよう」
◆忘れられた“花の記憶”
ふたりが辿り着いたのは、森の奥にぽつんと咲いていた一本の木。
その根元に、小さな花が一輪――
淡い水色の、見たこともないような花だった。
「……この花、見たことある気がする……」
フェルはしゃがみ込むと、その花にそっと触れた。
すると――魔力のさざ波のような記憶の残響が、ふっと心に届いた。
“昔、誰かがここで待っていた”
“誰かを待ち、でも会えずに、でも想いだけは残って”
“その想いが、この花になった”
◆精霊のささやき
そのとき、フェルの耳元に微かに届いた声。
『……ありがとう。あなたが、来てくれて』
フェルは目を見開く。
「今の……誰?」
『あなたの中にある、優しい心に……似ていたの』
(わたしの……心?)
『その優しさは、きっと誰かを救う。どうか――忘れないで』
花の光が、微かにフェルの胸元へ吸い込まれる。
ユウが声をかける。
「フェル、大丈夫か?」
「……うん。
ねぇ、ユウ。この花、きれいだね。……ずっと、見ていたい」
◆心の奥に、灯ったもの
その夜。宿屋の一室で。
フェルは、静かにユウの隣に座っていた。
「ユウ……わたし、きっと、なにか思い出した」
「何かって?」
「わからないけど……“大切な想い”だった。
誰かの、じゃなくて……たぶん、“わたしの”」
ユウは、そっと頷いた。
「それって、すごく大事なことだよ。
花が咲くように、心の中の何かが芽吹いたんだね」
「……うん」
フェルは小さく笑った。
そして、胸の奥に灯ったその“想い”を、
そっと――大事に、大事に、抱きしめた。
◆記憶の花は、風に揺れて
翌朝、ふたりは再び森へと足を運んだ。
もう一度、あの花を見ようと思ったけれど――
そこには、もう花は咲いていなかった。
でも、不思議と悲しくなかった。
「……ねぇ、ユウ。あの花、ちゃんと伝えてくれたよね」
「うん。今は、君の中で咲いてる」
ふたりの間に、風が優しく吹き抜ける。
それはまるで、“花の精霊”が別れを告げるような、静かな風だった。




