3.ひとつ目の歯車が回る音
セレヴァールの朝は、まだどこか春の名残を引きずるような、優しい風が吹いていた。
路地裏に佇む鍛治ギルドの一角。静かな工房に、今日も無口な職人――ノールの姿があった。
修復依頼として持ち込まれたのは、古びた魔導装置。
外観こそ傷だらけだったが、構造は驚くほど精密で、通常の職人では手を出せない代物だった。
「……中枢はまだ生きてる。再構成すれば、動くかもしれないな」
ノール――つまり擬装中のユウは、黙々と作業に取りかかった。
解析魔法で内部の回路を読み解き、魔力の通り道を再設計。
素材の再加工には、自作の補助魔具を創造して手際よく対応した。
周囲の職人たちが、ちらりちらりと視線を寄せてくる。
だが、ノールは声を発さず、手を止めず、ただ静かに“仕事”を続けた。
やがて――
「……動いた」
修復した魔導装置が、カチリと音を立てて回り始めた。
歯車のひとつが、長い沈黙を破って静かに動き出す。
依頼人の老人は、それを見た途端、驚愕に目を見開いた。
「……まさか……この装置を、ひとりで……」
彼の名は、セレヴァールでも名の知られた元・王室工匠。
長年手を付けられなかった自身の旧作を、若い職人に直されるとは夢にも思っていなかったのだ。
「……名は、なんという?」
ユウは少しだけ逡巡して――低く抑えた声で答えた。
「ノール。修理屋です」
老人はしばらく沈黙したあと、深く頭を下げた。
「……見事だ。まさに“仮面の職人”だな」
その呼び名は、やがてギルドの壁を越え、街のあちこちへと、静かに波紋のように広がっていく。
■その夜、宿の裏手にて
ユウは、焚き火のそばでもふもふのフェルを抱きかかえていた。
耳のあたりを撫でると、ふわふわと尻尾が揺れる。
「なぁ、フェル。……ちょっとだけ、人の姿になってみるか?」
フェルは顔を上げて、少しだけ戸惑ったように首を傾げた。
「……いま、ひとに……なる?」
「うん。でも、すぐ戻っても大丈夫。少しだけ、街を見に行こう」
魔力を整え、そっと手を重ねると、ふわりと毛並みが光に包まれる。
次の瞬間、そこにいたのは――
肩までの黒銀の髪に、大きな瞳。年の頃は10歳ほどの少年姿。
まだどこかおぼつかない足取りで、ユウの袖をきゅっと掴んでいる。
「……へ、へんなかんじ……」
「ふふ、よく似合ってるよ」
ユウとフェル(少年ver.)は、月の光に照らされる街をそっと歩き出した。
人の目を避けるように、屋台の裏路地を抜けながら――
ただ、二人で並んで歩く、そのひととき。
「……また、ひとに……なりたい」
小さな声が、夜風に揺れた。
ユウは微笑みながら、そっと頷いた。
「そのときは、また一緒に歩こう。フェル」
夜の街に、ふたりの足音が、やさしく響いていた。
■翌朝・旅立ち
朝の光が窓を照らし、木の床をあたたかく染めていた。
宿の一角で、ユウとフェル(もふもふVer.)は静かに朝食を終え、荷をまとめる。
「さて……そろそろ行こうか、フェル」
「……うん」
フェルはふわりと尻尾を揺らし、ユウの隣にすっと並ぶ。
その毛並みには朝露のような輝きが宿り、目元はどこか穏やかだった。
セレヴァールの街門を抜けると、まだ空気はひんやりとしていて、
遠くから旅人の笑い声や馬車の車輪音がかすかに届いてくる。
ユウは立ち止まり、少しだけ背後を振り返った。
「……ありがとな、セレヴァール。ここも、悪くなかった」
街の高台から、工房の煙突がひとつ、ゆっくりと煙を吐いていた。
昨日、自分が直した“ひとつ目の歯車”が、今日もどこかで静かに回っているのかもしれない。
そして、ユウはフェルに向き直る。
「次は、ルフェン公国の“アルトレール”だ。準備はいいか?」
「もふっ」
くるりと尻尾を巻きながら、フェルは静かに前を向く。
「よし、じゃあ――行こう、相棒」
二人の影が、朝の道に長く伸びる。
新しい風が吹き抜けるたびに、仮面の職人とそのもふもふ相棒の物語が、またひとつ前へと進み出していく。




