2.街角の職人工房
セレヴァールの街は、まだ朝の光が淡く石畳に差し込み始めたばかりだった。
街角の露店からはパンが焼ける匂いが漂い、人々がゆっくりと目覚め始めている。
今日からユウは、“ノール”として鍛治ギルドの登録証を使い、工房に出入りする予定だった。
その前に――
森の外れ、小高い丘の陰で、フェルの毛並みをなでながらユウはつぶやく。
「なあ、フェル。そろそろ“街での姿”も考えないとだな」
フェルは“もふっ”と首をかしげて、くぅん、と一声。
「ほら、今のままだと、ちょっと目立つ。毛並み、もふもふすぎるし。君ってば、ただでさえ可愛いからさ」
「……かわいく、ないもん」
「いや、かわいい。だって、そのしっぽ……最高だし」
フェルはもじもじしながら、耳をぴくっと動かした。
「でも……たしかに、“ちがうふう”に見えるのも、だいじ」
「だよな。よし――仮の名前は《フェノ》にしよう。毛並みは銀に近いし、“ノール”の相棒っぽくて職人風でいい」
「フェノ……? んー……べつに、きらいじゃない……」
「耳に飾りつけて、しっぽに装飾布巻いて……“ギルド工房で飼われてる番犬系”ってことにするか」
「……わたし、わんこじゃない……」
「わかってるって。でも“そう見せる”ことが大事。君はこの街では“工房の忠犬フェノ”だ、いいな?」
フェルはむぅっとした顔をしながらも、素直に装飾布を巻かせてくれた。
「……フェノ、がんばる」
「うん、頼りにしてるぞ、相棒」
ふたりは軽く拳(と肉球)をコツンと合わせたあと、街へと歩き出す。
◆街角の職人工房
通りの外れ、小さな工房の扉が開いていた。
看板には「ベルナ工房」と、手彫りの文字。
「すみません。鍛治ギルドからの紹介で来ました、“ノール”です」
工房の中には、年配の職人ベルナがいた。
片脚に義足を持ち、無骨ながらも腕の立つベテランらしい佇まい。
「……あぁ、“ノール”ってのが君か。聞いてるよ。
まぁ中に入ってくれ。ちょうど困ってるもんがあるんだ」
奥に通されると、そこには――
複雑な歯車構造を持つ、小さな金属装置。
「昔の機構式の火力調整装置なんだが、どうにも動かん。
解析魔法も効かなくてな……ギルドの職人でもお手上げだったんだ」
「見せてもらっても?」
ユウは道具袋を開き、解析用の補助魔法具を取り出す。
静かに手をかざし、魔力の糸を装置に這わせていく――
「……歯車の同期がズレてる。しかも……この細工、普通の職人技じゃない」
ユウはすぐに気づいた。
この装置は、単なる“修理不能品”ではない。
かつて誰かが「工夫して直そうとした痕跡」が残されていたのだ。
「なるほど……この構造、感覚だけでやろうとすると無理があるな」
ユウは、ふと自分の手元を見つめた。
これまでに何度も、感覚と経験だけで乗り越えてきた細かい作業の記憶――
それが今、魔法と融合できないかと頭に浮かぶ。
「……“動作補正”の魔法……?」
指の動きと魔力をリンクさせ、作業精度を高める補助魔法。
魔力による微細な調整を、ジェスチャーに置き換えることで――
「まだ仮説だけど……実用化できたら、相棒として最高だ」
すぐに実践には移さなかったが、
ユウはメモ帳に《動作補正》と書き残した。
◆創意と応用
ユウは、工具を手に取りながら考える。
この街の職人たちが諦めたのは、“魔力と機構の融合”という技術への理解不足。
「じゃあ……こっちは、創造魔法と動作補正で補ってみるか」
彼は手の中に小さな魔法陣を浮かべ、工具の先端を補強する。
精密な魔力操作と物理加工の合わせ技。まさに、擬装ユウ“ノール”の真骨頂。
「……なるほど。このギアの噛み合わせは……反転させて固定」
カチッ。
最後の調整を終えた瞬間――
装置が低く、かすかに“生きた”音を立てた。
「動いた……!? 本当に?」
ベルナの目が見開かれる。
「君、いったい何者なんだ……」
「ただの職人です。ほんの少し、古い技術が好きなだけ」
ユウは笑った。仮面の奥の瞳は、どこまでも穏やかだった。
◆ふたりの評判、少しずつ
その夜。
「おい、聞いたか?“街角の古い装置”を動かした職人がいるってさ」
「ノールとか言う名前だったっけ。あんな若造が……?」
静かな評判が、街の片隅から少しずつ広がっていった。
ギルド内でも、鍛治系の依頼掲示板に“ノール名指し”の紙がそっと貼られる。
一方で、宿に戻ったユウは――
「ふぅ……ひと仕事って感じかな。な、フェル」
「もふっ(えらい)」
ユウの横に丸くなったフェルが、
誇らしげにしっぽを一振りした。
◆夜、もうひとつの顔
ユウは、道具袋の片隅から――
新しく書き込まれた「街の評判メモ」を取り出す。
“ノール:若い職人。無口。仮面。修復魔法と創意工夫に長ける。”
「……ふふ、いい感じ。地味だけど、じわじわ効いてくる」
仮面の下、ユウの口元がふっと緩んだ。
そしてその隣で――
フェルは、そんなユウの横顔を、静かに見守っていた。




