3.名前のない声
森に沈黙が落ちて、どれくらい経っただろうか。
ユウは静かに腰を下ろし、火を焚いていた。
手のひらサイズの魔導コンロに、じんわりと湯が沸いている。
そのとき――
空気がふっと変わった。
(……魔力の流れ?)
ユウが顔を上げると、そこにいたのは――
少し離れた木陰で、肩を抱えながらこちらを見つめる、小さな少女。
■人化した魔獣
年の頃は、12歳ほど。
肩までのふわふわの黒銀の髪。
けれど、その瞳には――まだ“人の言葉を知らない魔獣の光”が宿っていた。
肌にはうっすらと傷痕が残り、
膝には、先ほどの包帯がまだ巻かれている。
「……人間……?」
声は小さく、かすれている。
舌がうまくまわっていないようで、言葉が不明瞭だ。
ユウは、立ち上がらずにそのまま静かに答えた。
「……ああ。驚かないよ。君が何者であっても、ね」
■たどたどしい意思疎通
少女は、ぎこちなく近づいてくる。
両手を胸の前でぎゅっと握り、何かを探るように、目線を彷徨わせながら。
「……おまえ……なぜ……たすけた」
ユウは少しだけ微笑んで、答えた。
「そういう顔をしてた。助けを拒まなかった」
少女は、その場にしゃがみ込むと、しばらく黙り込んだ。
小さく震える肩。
それでも――ユウのそばにいることを、拒まなかった。
■静かなやりとり
ユウは、湯をすくって少女に差し出す。
「飲む?」
少女はこくりと一度だけ頷き、両手でカップを受け取った。
その仕草はまだ野生の名残が強く、危なっかしい。
けれど、その中に“信じたい”という気持ちがにじんでいた。
「……名前は?」
ユウが訊ねる。
少女は口を開いて、すぐには答えられなかった。
でも、やがてぽつりと、短く。
「……フェル……」
「フェル、か。いい名前だな」
フェルは一瞬、驚いたように目を丸くし、それから――
ほんのすこしだけ、表情を緩めた。
■心が、少しだけ開いた
焚き火の明かりに照らされて、
人と魔獣が並んで、ただ座っているだけの静かな時間。
でもそこには、たしかに“はじまり”があった。
沈黙が、言葉に変わるその一歩。
フェルの瞳が、さっきよりも少しだけ、やわらかくなっていた。




